取り扱い注意の一冊
★★★★★
二十世紀初頭、フランスにやってくるや否や嵐のような旋風を巻き起こしたバレエ・リュスの伝説のダンサー、ニジンスキー発狂後の手記。二十九歳で発狂し、残りの三十年間を狂気の中で過ごした人間の記録である。
見開きぶちぬきで同じ言葉しか綴られていないなど、明らかに「おかしい」文章であるのに、まるで本人が目の前にいて語りかけてくるような奇妙な生々しさが全編に漂い、普通に読んでしまう事ができる。
何より恐ろしいのは、神のような踊り手も鍛錬によって変身した人間であるように、こちら側からあちら側へは、細くても確かに橋がかかっているのだと、いつのまにか理解させられてしまう事である。
半分くらい読んだ所で、彼の美しい肖像を見るのが怖くなった。光のない瞳の奥にある、何か底知れないものにおいでおいでをされる。
バレエに興味があってもなくても、背筋に黒い眼差しの張り付くような感覚を味わいたければ試すといいかもしれない。生理的な部分で忘れられない一冊。