1990年にチャイコフスキー・コンクールで日本人初優勝という快挙をもたらしたにもかかわらず、すぐにはデビューせず、渡米して演奏家として大成するための基礎作りを5年間やり直し、1995年から本格的演奏活動を開始した諏訪内晶子。CDデビューは1996年とさらに慎重だった。本盤は、1996年録音のファーストアルバムから、2002年録音のシベリウスまでの7枚のアルバムから10曲をセレクトしたベスト盤だ。2001年に出たベスト盤『Crystal』との曲目の重複はない。
冒頭のラフマニノフでは、諏訪内のヴァイオリンの、敏捷で優雅な野獣のようにスピーディで平衡感覚にすぐれた身のこなしが印象的である。サラサーテ「カルメン幻想曲」では、彼女は妖艶かつセクシーなプリマドンナになりきっている。生半可な歌手の手にかかると、カルメンは暑苦しくて自意識過多な女に成り果ててしまうが、諏訪内のヴァイオリンはちゃんと、「柔らかく細身で、しなやかないい女」になっている。その秘密はおそらく、どんなに難技巧の箇所になっても失われない、リズム感とバランス感覚だろう。
続くブラームスのヴァイオリン・ソナタ変ホ長調(クラリネット・ソナタ第2番の編曲)から第2楽章の渋く厳しい表情は、諏訪内の別のストイックな一面を感じさせる。こうしたコントラストが、このアルバムでは際立って巧みである。最後のチャイコフスキーは濃厚な情緒に彩られているために、ともすれば表情がべたつきがちな曲だが、諏訪内のヴァイオリンにはよどみがない。清潔な余韻を残す、いわば抒情派の演奏である。アシュケナージ指揮のチェコ・フィルも、響きは美しく堂々としている。
なお本CDには、諏訪内のこれまでの歩みを振り返り、未発表映像も多く収録した約20分のDVDがついている。本人の肉声からは、ひとりパリに暮らす、芯の強い演奏家の姿が浮かび上がってくる。(林田直樹)