平易な総覧。
★★★★★
このシリーズに対し、相当否定的な専門家?の御感想もあるようだが、大学で哲学及び思想史を齧った小生には、少なくともこの巻に関しては、非常に分かりやすく読み応え十分の内容であると思われた。現象学からフランクフルト学派まで同一のパースペクティヴの中で論じるという趣向は、日本ではおそらく初めての試みではないかと思われるし、一般にも専門家にも面白く哲学史を読ませる工夫に溢れている良書であると思う。哲学史の面白さは、哲学者がどういう「問い」を立ててきたのかを知ることにある。本書はそれを踏まえて、眼から鱗の「問い」について、難解を気取ることなく、平易かつ高密度の論述が為されており、日本の受容レベルの高さをも窺い知ることができるように思う。「哲学者」と「哲学学者」を区別したりすることに、この現在において、それほどの意味があろうとは、私には思われないのであった。
個々の論述は悪くないが、一冊の本としては疑問
★★★☆☆
フッサールとベンヤミンやクローチェが並んでいる。かと思えば、ルカーチとアルチュセールが並んでいる。最後がフランクフルト学派だ。目次を見て、時間的にも空間的にも随分隔たりがあるし、思想的にも、現象学派と西欧マルクス主義で分けたとも思えない雑多さがある。第一、西欧マルクス主義とは、ヘーゲルベースのマルクス解釈、左翼的なヘーゲル好きの学者のことだろうか。端的にあんまり関係があるとは思えない面々が並んでいる。個々の著述はこれまた玉石混交で、結構差がある。概して新味と面白みの欠ける思慮の足りない企画だと思う。今更の感がある面々を語るなら、もっと思想としての水脈を辿るなど年季を見せるか、従来紹介されていない重要な著述家たちとの関係で語って見せるか(第8巻は成功した)であるべきだったと思う。それとこのシリーズは巻末の年表など本文以外のところに、他の人のやった業績(翻訳)や人間批判を載せる陰険な政策的な言辞が時々見られる。翻訳の問題は重要だし、しっかり批判をすべきで、やるなら、本文で根拠挙げて、あの翻訳は注意が要る、というべきだ。世間に唯一流通しているような翻訳や著名な翻訳に対して「信用の置けない翻訳は載せていない」では、悪口にひとしいと思う。やっぱり、企画・編集に問題のあったシリーズだったと思う。
立体的な編集で、判りやすい
★★★★★
翻訳ではなく日本人執筆者だけで書かれた哲学史で、本書は20世紀前半を席巻し、その後20世紀から今世紀にも影響を与え続ける大陸系の哲学の台頭と興隆をダイナミックに描き出していて壮観である。主として現象学派の誕生を準備するブレンターノからフッサール、ハイデガーで基盤を固めてから影響を受けているマルキシズム哲学者を含めてフランクフルト学派までを納める。総論の野家啓一氏の概略は読みやすい現代の美文で、一読の価値あり。哲学史の文章という枠を超えた名文。他の執筆者の文章も判りやすい。哲学者ごとに執筆者が交代しているが、繋がりがよく、好編集である。哲学を導き出したヴァールブルク文庫を松枝到が紹介するなど、新カント学派カッシーラの著作が誕生する背後関係をコラムで読ませるなど、実に立体的な編集で、判りやすい。関連文献の指示や解説などビジュアル性を重視しつつも要を得た文章で、近年の哲学ブームの集大成でもある。書誌、索引、年表、キーワード解説など至れり尽くせりの配慮がなされている。多くの読者が手にすることを願う。6千部程度の出版で、増刷がない模様で、入手が難しくなる可能性が高い。