イギリス推理作家協会最優秀長篇賞受賞とか「この奇怪な本はいったいなんだ!?」とかいう帯のキャッチフレーズや、古代ギリシャを舞台にした歴史ミステリとか、そういった要素に惹かれて読んでみたが、正直、帯で大げさに煽ってるほど衝撃的な内容ではなかった。アイデアは面白いが、やったもん勝ちという程度のもので、日本の現代ミステリが魅せてくれるような意外性に富んだトリックではない。
また、翻訳者が翻訳する『イデアの洞窟』自体が、古代ギリシャに書かれたテクストというにはリアリティーに欠けていて、素人目に見ても現代ミステリの手法が多く取り入れら手いる事がわかってしまう。
だが、物語の中でなされる対話では、現代哲学でも話題にされるようなテーマが取り上げられているため、哲学・思想好きには受けるかもしれない。ロゴス中心主義へのアンチテーゼの様な思想を『イデアの洞窟』の主人公やその友人クラントーは持っている。主人公の推理は現代の探偵のそれそのもので、物の背後にイデアを探求する当時の哲学者たちの中ではかなり異端な存在だ。そして、彼の友人であり物語においてキーパーソンとなるクラントーの思想も当時の哲学者達にしてみれば強烈なアンチテーゼであろう。対立する思想を持つ彼らがなす対話それ自体は純粋に面白い。