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ボローニャ紀行 (文春文庫)

価格: ¥530
カテゴリ: 文庫
ブランド: 文藝春秋
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分量の点では商業主義、内容は凡庸 ★★★☆☆
内容的に重複の比重が、1割、参照文献のコピーや解説が2〜3割、既知の饒舌が2〜3割、読むに値する部分は、4分の1ほど。
内容が充実していればそれでも良いでしょう。
「天才」を彷彿させる、叡知や機智を伴う文章や文言は見当たらない。

分量的には新書判でも十分で、出版方式は「ボローニアの精神や方式」を体現しているとは言い難い。

これも井上式の皮肉やジョークであろうか。
学ぶべきところの多い「ボローニャ精神」 ★★★★★
「ボローニャ方式」と言う言葉は、何となく聞いたことがあり、都市再生のモデルと言われている事も知っていましたが、それが実際どういうことなのかは知りませんでした。
それが、この本を読むことによって氷解しました。

そして、この「ボローニャ方式」と言うものが、単に都市再生の方法論と言うことではなく、「ボローニャの精神」と言われる考え方であり、心の問題だと言う事を冒頭で理解させられました、
「国という抽象的な存在ではなく、目に見える赤煉瓦の街、そしてそこに住む人たちのために働く」ことが「ボローニャの精神」だと定義します。
そしてそれは、「「自己責任」なんて冷たいコトバは使わない。困っている人間がいたら、とりあえず手を差し出してあげる」と言うマレッラ神父の精神に根ざしているとします。
そこから、「自分はここで生まれてよかった、ここで恋をし、ここで子どもを育て、ここで死ぬことができて幸せだった。そう思えるような街をみんなで作りあげること」が、大切だとします。

こうして見てくると、「ボローニャ方式」とは単なる方法論ではないことが解ってきました。
そうではなくて、「ボローニャ精神」から自ずから出てくる自分たちの街をどうするか、という考え方なのだと言うことが解ります。
その結果として、「何百年も前の建物や街並みをそっくり保存しながら、その上、いまの生活にも役立てる方式」と言った表面的な形式が現れると言うことなのでしょう。

この根本には、「過去と現在とは一本の糸のようにつながっている。現在を懸命に生きて未来を拓くには、過去に学ぶべきだ」と言う歴史認識があるように思えます。

いずれにしても、この紀行文は、単なる「紀行文」の枠組みを超えた素晴らしい作品で、非常に訴えかけるものも多いし、私たちが住む日本でも十分に考えなければいけない問題的を多く含んだ作品になっていると思います。
考えさせられました ★★★★☆
 イタリアのボローニャを舞台にした小さなエッセイ集です。今の日本という国や社会に対するアンチテーゼとして読ませてもらいました。考えさせられることが多かったです。漫画家の楳図かずお氏の家は、ボローニャでは絶対に建てられなかったでしょうね。小さなことを一つ。ヴェスヴィオス山の噴火は紀元前79年ではなく、紀元79年のことだったと思いますが。
個人と国家のあり方を考える最適な一冊 ★★★★★
洗礼名を授かった神父との縁にはじまり、書物を通じてボローニャを学ぶことウン十年という著者のひたむきともいえる憧憬の念がいきいきと綴られた一冊。
豊かな学識と辛辣な批判精神をユーモアというオブラートに包み、読む者を飽きさせないところはさすが。
行政改革、地方分権、中小企業再生、教育、介護等々をものの見事に解決してきたかに見える「ボローニャ式」の本質とは何なのか、深く考えさせられた。
演劇に力を入れていることに象徴されるように、ボローニャという土地では「唯一性」「一回性」が尊重されているのだと感じた。作った人の顔の見えない「大量生産・大量消費」ではなく、手作業や職人技や地産地消といった、互いに顔の見える共同体によって育まれてきた「守りたい物」が、この街には息づいているようなのだ。
教育も娯楽も、グルメも、おしゃれも、終末期ケアも、工業機械すらも、「わたしがあなたのために」できることをするのである。共通の試験で偏差値を割り出す教育も、ミリオンセラーの流行歌も、チンするだけの中食も、一億総茶髪現象も、介護保険による規制も、ここにはないように書かれている。
実際にどうかはわからないが、ある1つのヒントがここにはある。
たぶん、これをお手本にして「ボローニャ方式マニュアル」に則って改革をしようとすれば、「ボローニャ精神」は死んでしまう。
民主主義とは、たいへん複雑で膨大な時間のかかる制度だということをまず、日本人は自覚しなければならないだろう。
やってくれましたね〜 ★★★★★
やってくれましたね〜。
日本語に対する思い入れがつよく、
長い長〜い小説を書くあの井上ひさし氏が、
ボローニャのことを書くとは。
これで日本人がまた大勢押しかけるのではないかなあ。
と内心うらんで(?)おります。
どういうわけか、高校時代からボローニャにあこがれを
抱いてきたのです。自分でも何故なのかわからぬまま。
去年イタリアの主なところを自己流で旅したとき、
ボローニャははずしました。
少しあたためておいてから、かの地を訪ねるつもりでした。
そんな折、手ごろな本を出してくれ本当に感激です。
いつボローニャをおとずれるか・・・