作家の人間性に触れる思いがした
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藤沢周平氏の作る物語は、その文体に構えたところが無く、自然体でしかも人情の機微に触れているところがなんともいえず読むものをして楽しませてくれていたので、どのような人生を送ったのだろうかと興味があった。山形県の農家の出身で山形師範を出ている、ということなど知っていることもあったが、幼い頃から青年期を通じて壮年期までの辿ってきた道を知るのは始めてであった。経歴はまったく違うが、それでも思わず池波正太郎氏の生い立ちを思い出したりしたのは、文体の中でそのかもし出す雰囲気が似ているからであろうか。
藤沢周平氏の少年期や青年期に同感を覚え、更に庶民的で謙虚な生き様を知るにつれ、大変気分よく読むことができた。特に作家になってからの自らを戒める述懐(直木賞の候補に挙がった「暗殺の年輪」よりも今書いている「又蔵の火」のほうがそれにふさわしいので辞退したい、と述べたところ、編集者に諌められ、自分自身が高慢であったと反省する記述)は、我々も得てして陥りがちな状況であり、教えられるものがあった。
この本の最後に、「年譜」として藤沢氏の生い立ちや、書かれた作品などが年代順に記録されていた。あまり期待していなかったが、なんとまるで「おまけ」のような感じでおもしろく読むことができたので得をした感じである。中でも、直木賞受賞後に初めて行った講演旅行で自身が奉職した湯田川中学での講演会の場面には胸を打つものがある。会場の聴衆の前列にそのときの教え子たちがいた、という文章ではじまり、講演後に生徒達が、「先生いままでどこにいたのよ」となじりながら取り囲む光景には、さもありなんと思わせるものがある。
藤沢周平のファンとしては必読の書と思い、皆さんに読むことを勧めたい。