著者ノーム・チョムスキーはアメリカを代表する言語学者だが、社会運動家としても知られる。そのまなざしは自国の惨禍にあってなお研ぎ澄まされ、鋭く本質を見据えている。同時テロに関してしばしば行われる観念的な分析を退け、これは「文明の衝突」などではなく、反グローバリゼーションとも何ら関連ないとする。また、アフガニスタンへの攻撃に対しては、「罪のない民衆をほしいままに殺戮するのはテロであり、テロに対する戦争ではない」と容赦ない批判を向けている。なかでも驚かされるのは、ニカラグアやスーダンへの非人道的な破壊活動などあまたの例を挙げ、「アメリカこそテロ国家の親玉」と喝破していることだろう。アメリカ人でなくとも衝撃を受けずにはいられないが、これは厳然たる事実に基づいた指摘なのである。
だが、いたずらに自国を非難することが著者の本意ではない。事実を直視し、平和のために市民ひとりひとりが何をなすべきか真摯に示唆しようとする。そうして語られるなかには、「テロの背後に潜むものを調べ」「不満を理解し」「法のルールに従い犯人を処罰する」など、自明の理と呼べるものも数多い。だが、世界が理性を失っていくなかで恐れず道理を口にすることが知性であり、勇気なのだ。知こそ、平和へ向かう唯一の出発点なのかもしれない。(大滝浩太郎)