歴史のダイナミックさと丹念な資料批判に基づいた実証的な継体朝の著作
★★★★☆
筆者の水谷千秋氏は、継体朝の研究を専門領域とする古代史学者で、全体を通して丹念な史料批判の元に繰り広げられる手堅い実証的な論考だと感じました。日本書紀に対する史料批判も古事記や風土記ほかを使用しながら、適切に組み立てられたものだと思います。
「継体」とは名の通りで、日本書紀の編者も困り果てて万世一系という考え方に立脚しているため、苦肉の策で記した呼び名です。継体朝は古代史の中でもダイナミックな展開がなされるところで、戦後の古代史学会を俯瞰してもこの年代には魅力的な論考が数多く発表されています。水谷氏は実に丹念に過去の研究史を追い、それぞれの論点を整理しながら論を組み立てて、自説を展開していました。高名な学者の懐かしい学説の数々に触れながら、先達のスケールの大きさを改めて知る思いでした。
第5章の筑紫の君 磐井の乱では、主として日本書紀と古事記の記述、風土記逸文を比較しながら丹念に説明しています。考古学資料として石人石馬についての先人の業績も紹介していましたが、新羅と磐井の関係や、大和と任那、百済との関係の考察をもう少し点検していただければ東アジア全体の中での位置づけがはっきりすると思います。関心領域の違いもあって水谷氏はその視点をあまり取り上げておられなかったのですが・・・。
東アジアの中の倭、特に高麗・百済・新羅・任那・伽耶等との関係性は本来面白く、もっと研究されていくべきテーマでしょう。筑紫の君と火の君の姻戚関係についての考察も、もう少し欲しかったのですが。
また八女丘陵の岩戸山古墳、乗場古墳の図等を掲載していただければもっと理解が深まるのに、と感じました。
広い視野で継体天皇即位の事情・その影響を俯瞰する日本古代史に関する良書
★★★★☆
日本古代史の謎の一つ、応神天皇五世の孫とされる継体天皇(在位時は大王)の即位。あまりに傍系のため、王朝交代説さえ唱えられているが、著者は丹念に文献、特に上宮記一云を読み込み、継体天皇は確実に応神天皇五世の孫で、越前ではなく近江北部を根拠地にし、やがて大和中央豪族に迎えられたことを論証する。継体天皇が王位簒奪・征服を行ったなら大変な争いになったはずなのに記・紀にそれを臭わす記述は皆無だから、私も著者の説に賛成する。
本書はさらに、継体天皇即位前の大王専制から、継体天皇を迎える決定に示される如く豪族の合議が権力を掌握し、さらに地方豪族が排除されて中央豪族の合議主導の集権化が進行し、九州の地方豪族を中央政府が征伐したのが磐井の乱であるとする。そして中央豪族合議制は、大王の次王位決定を凌駕し、安閑天皇は殺され欽明朝に皇統は移ったとする。つまり、政治的には力の弱い天皇を輔弼する日本独特の和の政治への移行という視点で、継体朝及びその前後の時代を俯瞰する。文献資料と考古学をベースに妥当な範囲で導いた説は大胆な部分も含め説得力がある。そして傍系皇族の神器なしの即位が後世の皇統維持の危機の際に先例として与えた影響の大きさを指摘して本書を締め括る。継体朝及びその前後がこの国のかたちを作る重要な時期であったことを痛感した。このような面白さ十分の本書は読みやすく、日本史ファンにはお薦めである。
本書で気になった点は、上宮記一云の信頼性について1頁足らずの先学の紹介に終わっていること。もう少し具体的な説明がほしい。また、飯豊女王は巫女だったとするが、卑弥呼でさえ巫女性を否定する説が強い今日、古代の女帝=巫女の図式は単純すぎるのでは。気鋭の学者である著者が今後さらに優れた歴史ファン向けの本を上梓することを期待し、少し辛く星4個とした。
歴史は面白い、と思える本
★★★★★
歴史学者としては気鋭の著者の手になる一書。
極めて丹念な資料調査と妥当性の高いと思われる推論を積み重ね、
簒奪者とも、一代の英雄とも諸説のある継体天皇の正体を究明しようとしている。
といっても、著者の長年にわたる継体天皇に関する研究を手軽な新書として
読みやすく文章も改めたものなので、より詳しい論証などに接したければ、
先行して出ている単行本や論文も紐解いた方がよろしかろうと思う。
ただ、新書にしても、この著作は非常に丁寧に作られており、
素人の横好きである自分などからすれば、「ふーむ、なるほどな」と頷くところしきり。
継体天皇を劉備元徳なみの乱世の雄であると決めつけて掛かっている自分からすれば、
実につまらない結論であるはずなのに、著者の調査と論理的思考のプロセスが明晰かつ
小気味よいので、読後は非常に満足感に包まれる。
特に大家の説でも誤っていれば(誤っていると考えられれば)、遠慮なく批判し、
さらに妥当な論理的考証を積み重ねていく姿勢が好感。
無論、この著者の学説も批判が加えられ、さらに検討が積み重ねられていくのであろうが、
現時点において、歴史とは……特にミステリーに溢れる歴史的事象を究明するとは、
これほどまでに楽しいものなのか、ということを感じさせてくれる名著である。
歴史マニアには魅力的
★★★★☆
著者は学生の頃からこの時代を中心に古代史研究をしていたようだ。文献の詳細な研究、他説との比較等著者の真摯な姿勢が窺がえる。「継体天皇」。この「継体」という"おくり名"が前の天皇の後を継ぐという、当たり前過ぎて不自然な名称である事は前々から問題となっていた。「継体天皇」の所で王朝が交代しているのではという説も前々から盛んであった。本書はこの謎を中心に、蘇我氏等の豪族との関係、"磐井の乱"の意味、崩御とその後に与えた影響等を論じている。
「継体天皇」は応神天皇の五世の孫とされている。あの逆賊と言われた平将門と同じ関係である。朝廷はどうしてそんなに血縁が薄い「継体」に天皇位を求めたのか ? これが「継体」別王朝説を産んだのだが、著者は諸文献に丁寧に当たり、当時の状況からそうせざるを得なかった事情を説明する。論法が強引でない点に好感が持てる。ただし、決定打を放つためには、新しい文献の発見や発掘結果が必要となるだろう。古代史には解を求めるための鍵が不足しているのだ。そこがロマンを呼ぶ所でもあるのだが。
もう一つ、本書で引かれたのは"磐井の乱"の解釈である。学校の授業では一豪族の反乱という事でアッサリ済まされてしまったが、何故北九州で反乱が起きたのか、その当時の朝廷と地方との力関係は等、色々疑問点があったのだ。本書では「継体」の即位との関係でうまく説明している。
本書は古代史に夢とロマンを求める歴史マニアに好適の書。
史書としての誠実さが魅力
★★★★☆
古代史、ないし天皇に関心が無くてこの本を買う人はいないだろう。私は、この出自がはっきりしない大王について、根拠の無い乱暴な記述を恐れた。実際、一般向けの古代史ものにはその手のものが少なくない。しかし、幸いにしてそれは全くの杞憂に終わった。一部の読者には頻出する引用文献の明示が煩雑に映るかもしれない。また、継体の「謎」が「謎」のままであることにかすかな失望を感じられるかもしれない。しかし、学問というのは、先人の業績をきちんとふまえ、明確な論理の範囲でしかものを言わない。このあたりまえのことが守られないことが多い中、この書の手堅さ、誠実さは読んでいて甚だ心地良い。その一方で、紹介にもあるとおり、当時の王権のあり方や、継体の存在の後世への影響など、記述は極めて興味深い。著者はこの時代の研究を今後も続けられるということなので、更なる成果の登場を待ちたいと思う。敢えて注文をつけるとすると、継体を論じる上で限られている「記・紀、風土記」の資料としての著者の評価がある程度まとまって示されていたら、通読がより楽になったかと思う。また、今後の研究展望の一言も欲しかった。あと、素人の全くの愚見を曝させていただくと、かすかに「継体の謎」が解ける可能性があるまいか。継体の祖とされる「応神天皇」もまた「謎」を孕んでいて、彼自身実在しなかった(仁徳と同一人物?)との説があるやに聞く。応神が架空ならその五世孫もありえない。今後、新たな文献の発見の可能性もゼロではないし、おそらく大きな情報を秘めているいわゆる「天皇陵」はまだ閉ざされている。21世紀こそ、このタブーを破らねばならないというのが私の持論である。