暴力と死。心の中でふつふつとたぎる暗い情念の世界。社会の底辺でうごめく人間たちの描写では、おそらく右に出る者のいない馳星周の短編集である。1996年『不夜城』で衝撃的なデビューを果たしてから、社会や人間性の暗部をえぐり出す作品を次々に発表しているが、本書に収められた8本の短編の登場人物たちも、理性のたががはずれ、情動に引きずられてぼろぼろの人生を歩んでいる人間たちばかりである。安っぽいヒューマニズムに唾を吐きかけ、世の中に呪詛(じゅそ)を叩きつけるような作品世界だ。誤解のないよう言っておきたいが、ここに描かれる暴力は娯楽のための暴力ではない。愛を拒まれ、孤独に身を灼かれ、屈折しきった人間が追い詰められた末に暴発したものであり、そうした精神の暗黒にメスを入れることこそ、本書の主眼なのだ。
たとえば、「溝鼠」は、借金を作り、ヤクザに脅されているヤクの売人が主人公である。借金返済のために金持ちの娘に取り入り、ヤク漬けにしたあげく、ヤクザにあてがう男の心の暗黒、破滅に向かいながらも、ひたすら流されていくだけの男の虚無に、読む者は慄然とした思いを味わうとともに、心の奥底で暗い不定形のものが男の闇と共振するのを感じて落ち着かなくなる。「ちっぽけな良心が疼く」が「良心に従っても、現実は変わらない」どん底にたたき落とされた男の圧倒的な存在感。ざらついた現実感がひりひりと胸に迫る。
「マギーズ・キッチン」は、『不夜城』の世界を髣髴させる。売れないホストの遠山は、ふとしたことからマレーシア人の女性が経営するレストランで働くことになった。客はアジア系の人間ばかりで、中国マフィアも常連だった。ある日、遠山は見てはならないものを見てしまい…。ストーリーのおもしろさもさることながら、得体の知れないものがうごめく猥雑な大都市の臭いや音が行間から滲み出てくるところなど、まさに馳星周の独壇場だろう。
どの短編も、激しい音楽が鳴り終わった後の静寂に身を浸し、余韻を味わうような読後感だ。馳星周の魅力がぎっしりと詰まった短編集である。(横山啓明)
アクがない。
★★★☆☆
先に「鎮魂歌」を読んでしまったためか、詰まらなくは無いのですが、どれも物足りなさを感じます。
強烈な「アク」が無いのではないかと思います。
上手く表現できないのですが、しっくり来ません。
他の作品を、もう少し読んでみようと思います。
同工異曲
★★☆☆☆
作品の単体のレベルは高いと思うのですが、ある程度氏の作品を読んでいると、登場人物と舞台を変えると殆ど区別がつかないのです。
デビュー作の[不夜城]が実は最高傑作だったのでは…。
良い意味でワンパターンを成功させている西村氏、赤川氏といった作家は[アクのなさ]や[読後感の薄さ]といった[読み飽きない・安定した品質]をキープしてますが、氏の作品はその正反対の質を持ち、尚且つワンパターンという、ある意味飽きられやすい性質を持っている様に感じます。
短編で冴えわたる毒気
★★★★☆
馳星周さんの短編集は、彼の特徴が短い文面によく現れている傑作が多い。確かに長編のようなストーリーでの面白さには欠けますが、明らかに彼の描く「人」は違う。それぞれが都会の闇の中、窮屈な現代からはみ出したアウトローたちを描く世界はダークそのもの。ほとんどの物語に救いは無く、淡々と描かれる現代物語にすこし陰鬱な気持ちにはなりますが、それも紛れも無い馳さんの小説の持つ魅力のひとつ。
爽やかで感動したい人は本書をとってはいけません。これは都会の闇、現代の穴底を覗き見したい人達にお勧めの、危ない8つの「クラッシュ」壊れる物語です。
長編ほどの強烈さはないですが、少しずつ楽しめます
★★★★☆
少年、少女、青年を主人公にした8つの短編集です。いずれの話も、歌舞伎町や新宿などが舞台。お金、性、麻薬、暴力が渦巻く日常、そこで起こる事件が書かれています。
書いてある内容は、相変わらず強烈なものが多いですが、筆者の長編とくらべて、一歩引いて描写している感が強くなってます。これは、これで味がありますが、長編の「読む側を襲う強烈さ」が好きな人には、少し物足りないかもです。
が、この筆者の本、読み出すとなかなか、止められない。この本は、短編集だし、全部たしても、長編よりボリュームが少なめだし、短い時間で、筆者の話が楽しめる、という特典が、あります。
これでどんでん返しがあれば・・・
★★★★☆
都会の片隅に生きる人間模様を描いた短編集。
暴力、セックス、やくざ、エス、金・・・。作者お得意のフレーズがちりばめられたストーリー。そこに描かれているのは都会の片隅に生きる人間の「孤独」である。
きわどい描写が山盛りで、中には顔をしかめさせるほどのどぎつい場面もある。また、短いセンテンスを織り交ぜながらの緊迫した展開はいつもの馳ノワールであり一気に読ませてしまう。
「ストリートギャル」「溝鼠」「土下座」などでは、長編では見られないような「気の弱さ」を持った人物が描かれており、この作品のもつ意義を感じた。
しかしながら、短編であるために期待するようなどんでん返しがないまま終わってしまう作品もいくつかあり、十分に作者の良さが出ているとは言い切れない。
作者の良さを十分に発揮するには、傑作だった「M」くらいの長さは必要なのではないだろうか。