犬好きとしては、三毛猫ホームズ以上の活躍を期待したのですが。
小緑荘の独身の女主人が、親類縁者をさしおいて、全財産を家政婦に与えるという驚くべき遺言状を残して、病死する。病死する直前、女主人は、事故を装った殺人未遂事件の被害者となっており、命の危険を感じた女主人は、遺言状を書き換えるとともに、ポアロ宛てに、疑惑と恐怖を訴える手紙を残していたのだ。病死から二カ月以上も経ってからその手紙を受け取ったポアロは、女主人が死んだという意味の重大さに思いを巡らし、病死にもかかわらず、調査に乗り出す。
この本を読む前には、犬が事件解決の重要な鍵を握る作品ということで、ミステリとしての完成度という点ではイマイチかと、読むのに腰が引けた面もあったのだが、最後にポアロが解き明かすトリックは、堂々たる本格派ミステリのそれであり、見事に、アガサにしてやられた。
ちなみに、「ピーター」は、アガサが、「一匹の犬のほか、すがりつくものがないという絶望的な状況」と振り返る例の失踪事件の際、完全にひとりぼっちとなった彼女に、愛と慰めを与えてくれ、彼女の唯一の心の支えとなった犬であり、本書は、最大級の賛辞の言葉とともに、その「ピーター」に捧げられている。
老婦人が手紙を書くきっかけになった”犬のボール事件”が大変おもしろく、個人的にはとても気に入っている。ネタばらしになるので、これ以上書けないのが残念。
そして、クリスティーはミス・ディレクションが巧みで、ものの見事にだまされるのはしょっちゅうだが、本書は本当に「やられた!」と思った。脱帽である。