太平洋戦争末期の日本海軍の潜水艦を扱った小説というと、福井敏晴の「終戦のローレライ」を彷彿とさせられる。「ローレライ」が完全なフィクションの世界だったのに対すると本作は、1945年、アメリカ本土から原爆を運ぶ米海軍巡洋艦インディアナポリスを、日本海軍の伊58号潜水艦が撃沈した史実に基づき、日米の双方の視点から描いたものになっている。著者の後書によると、「半分が史実」ということで、残り半分は架空の設定や筋運びであることは断っておきたい。
サイドストーリーとして挿入される東シナ海をいく日本軍の輸送船団とそれを護衛する旧式護衛艦の悲愴なエピソードは、さながらマクリーンの名作「女王陛下のユリシーズ号」を思い出させるような展開。伊号潜水艦にたまたま乗り合わせる日本海軍の予備役艦長とインディアナポリスの艦長が因縁をもった関係だった、というのはいかにも月並みだが、この手の小説には敵味方のライバルという設定は欠かせないだろう。
制空権をもち優秀な対潜兵器を備えた巡洋艦に対し、潜水艦がいかに対抗するのか?一昼夜以上に上る無音潜行(トイレも使えず、空気清浄機も動かせない)の描写、足が遅い潜水艦がいかに有利な射点を得るべく機動していくのか? 日本海軍の誇ったと言われる酸素魚雷の弱点などなど納得感のあるディテールの描きこみもすごい。
悲愴な覚悟で出航する伊号潜水艦の乗組員や、圧倒的に不利な状況でも果敢に立ち向かう護衛艦の戦いに感動する。一方的に日本軍サイドから描いているわけではなく、原爆の輸送という特殊任務を帯び、単独航行を余儀なくされるインディアナポリス側も艦長をはじめ人間が描かれる。
戦いのディテールに比べ人物の描きこみがややあっさりしているといった感じも受けたが、けっして見劣りするわけではない。