謀反に至るまでも出来事として語られているだけで有間の意志というものが感じられないし
(額田の視点からなのでしかたないのですが)
かえって悪役のような中大兄皇子のほうが強さも弱さも魅力的に描かれていたように感じます。
鎌足も有能でホントによく働いているし、
その中で”自分は歌だけ作って生きていければよい”という姿勢の有間はちょっと影が薄いです。
(それだけ中大兄皇子と鎌足は政務を執るのに忙しい)
額田も”自由に”生きようとすればする程、逆に何かにとらわれているように感じました。
壬申の乱の後この物語は突然終わります。
額田の消息が史実から消えてしまうからだそうです。
額田が大海人皇子に暗がりで追い掛けられるシーンと、
額田へ向けた有間のセリフを陰で中大兄が聞いていてあとでそっくり繰り返すシーンと
同じような描写が長岡さんの古代シリーズに出てきます。
中大兄皇子・大海女皇子の二人からの愛を受ける額田女王。額田は二人の皇子に対し、また数ある二人の皇子の妃達に対し、自分の「心」を守るために「神の声を聞く者」としての自分を保とうとします。しかし、そんな額田こそが、私には一番「女」に見えた。小説の中で、額田は独特の魅力を放ち宮廷の人々を魅了しますが、それは彼女の香り立つ「女」の部分故なのではないでしょうか。また、額田は実は妃達に比べてとても弱い女性なのかもしれない。彼女達のいる政争と嫉妬の最中に身を置くのが、結局は恐ろしいのだから。
時代背景としての、中国大陸・朝鮮半島情勢の動向に揺れる政府、度重なる遷都と民の動揺なども読み応えありです。額田のような最前線から離れた女官の視点で描いていながら、時代のうねりの大きさを十分に感じ取れる作品と思います。
ただ、私が好きな『敦煌』や『天平の甍』で強烈に描かれた人の生命の葛藤のようなものに比して少々物足りないかな、とも感じました。