先行世代というものが若い世代の目にはある種の縛りをかけるとても窮屈な存在と映るでしょう。私も、先行世代が引き継いで後代に受け継がせようとする伝統のすべてを良しとはしませんが、一方で歴史の荒波にも屈することのない伝統が持つ凛とした静謐な美しさと強さのようなものが、年齢を重ねるうちにわかってきました。ちょうどこの主人公の娘・文緒が年齢を重ねるにつれて伝統に対する抵抗感をわずかながらに減じていったのに似ています。
それは、伝統が後代を縛るための道具ではなくて、後代が静かながらも幸せに生きられるようにという先行世代の、つまりは親の、愛情のこもった智恵であるからかもしれません。そのことに文緒自身もわずかに気づく兆しがあり、それがこの小説で展開される母娘の確執の中の救いといえます。
戦後の農地改革の中で姿を消していった伝統的な素封家の女たちの物語がこの後さらに昭和の御世の終わりから平成にかけてどのように展開されていったのか、と考えると興味は尽きません。しかし作者の早世によって四代目(孫娘である華子の娘)の物語は永遠に書かれることはありません。そのことがとても惜しまれる物語です。