あまり好きではない・・・
★★☆☆☆
三島由紀夫の作品は、本作で6冊目なのですが・・・この美しい星は嫌悪感が残りました。
三島由紀夫の作品にしては異色の作品である本作ですが、読むのを楽しみにしていただけに、内容にはがっかりしました。先鋭的な文章で、三島文学というよりも風刺文学のような気がしてならず、これ以後三島由紀夫は全く読む気になりません。
美しい星よりも、他の三島作品を読むほうが良いと個人的には思います。
「美しい星」
★★★★★
自分達は宇宙人であると自覚しながらも言動やものの考え方に人間臭さをにじませる作中人物達の描き方が非常にユーモラスであったり変にリアルであったりととても好感がもてます。
その中でただひとり人間を超越してる感のある暁子の内面世界の美しい描写もとても素敵です。
かといって全くの軽いストーリーではなく、三島の現代社会とそこに生きる人間たちに対する危機感や嫌悪感をそこらじゅうに感じさせるようなシリアスさも兼ねています。作中人物達がそれぞれの描く「美しい星」をめぐって激論を交わすところは非常に読みがいがありました。
結構読みやすいくて尚且つ内容も充実していると思うので「三島の作品はちょっと・・・」と思う人はぜひ手にとってみてください。
この星に生まれて
★★★★☆
三島由紀夫の手になるSF小説。
ちょっと狂った家族の愛の物語。
なぜかとても美しい気分になれます。この星の美しさが身にしみます。
いつか僕もこんな所帯をもってみたい。
火星人や木星人は無理なので、せめて冥王星人か彗星人(?)になりたい。
太陽系第三惑星に棲む全宇宙人必読の書です。
善意の宇宙人大杉家の最後の行動が意味するもの
★★★★★
核戦争で人類滅亡が懸念される中、米ソ首脳らに核廃絶を訴える手紙を送る等して人類存亡の危機を救おうとする自らを宇宙人と自覚した大杉一家とUFOを一緒に見て現実逃避的に自らを宇宙人と思い込んだうだつの上がらない悪意の3人組、そして一人の有能な陰を持つ政治家の思想と生き様が、三島自身の思想を色濃く背負って描かれている小説です。
三島の知人でもある評論家・奥野健男氏は「あとがき」で、大杉重一朗と羽黒助教授ら悪意の3人組との思想戦にドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟の大審問官の章を引用しつつ、三島文学でも異色の作品で、政治、文明、思想、人類を自己の宇宙の中に取り込み小説化し人類の運命を洞察した思想小説で世界の現代文学の最前列に位置すると昭和42年に述べていますが、平成20年の現在でも輝きを失わない見事な評論だと思いました。
ここからは本書の最後の核心に触れるので、読後に目を通して頂ければいと思いますが、悪意の宇宙人との戦いに疲れ、癌に犯された大杉重一郎が最後に放埓に言った「なんとかやっていくさ、人間は」という言葉と大杉家が取った生まれ故郷(星)に帰るという行動は、人類の醜悪さを知る人(宇宙人)が、人類とは距離を置いて自分の世界で生きて行く(要はゴキブリなる人類を見放す)ことに他なりませんが、
しかし、地位も名声も才能も持ち合わせた時代の寵児であった三島はそのような厭世的な生き方は出来ず、彼はあくまで美しい星(金欲・資本に人類の精神が汚されていない地球)に生きる人類(日本人)の姿を夢見、その狂気(自刃)によってその実現化を試みたのでした。本書が、三島の自刃への序章の一端を担っていることは間違いないと思います。
小説・文学好きな方、三島ファンの方、いずれも必読の書だと思います。
軽いタッチで異人論の深層へ導く・・・
★★★★★
文化概念としての天皇を重視していた三島由紀夫氏は、たとえそれが幻想であっても、天皇を伝統的に確立された文化として中心に据えておかねば、日本というアイデンティティが成り立たなくなるという危機感を抱いていた人でしょう。
『美しい星』は三島氏にしては軽いタッチの大衆小説といった趣きの作品ですが、そこに描かれている「社会(世界)への違和」と「自己の身体への違和」という二重の違和感に圧殺されかかった家族が、実は自分たちは宇宙人なのだという確信を抱き、宇宙に救いを求めるさまは象徴的です。
宇宙人とは現代における他者=異人とも言える存在であり、我々が「地球人」というアイデンティティを確立する際には彼らの力が必要なのかも知れません。国家や天皇、文化について語った三島氏が見つめていたものを探る上で、ちょっとしたヒントが見つかる小説です。