女天下人の伝記小説
★★★★★
読売の読書欄に,磯田道史氏が書評を書いて曰く,'戦国最大の勝利者は、信長・秀吉・家康ではない.この国の支配者を自分の子孫で埋め尽くす,という意味でいえば,別に,女の天下人がいる.本書の主人公・小督(おごう)である'. 仰天して早速読んだ.小督は浅井三姉妹の下の子で,長姉は後の淀殿である.この作品は小督十歳 (1582) に始まる約30年間を描く.この間小督は三回の結婚を重ねるが,次第に正気を失ってゆく養父秀吉を見るにつけ豊臣家にいたたまれなくなり,秀吉の娘として徳川家に嫁し,秀忠の 6 歳年上の正室になってやっと心の安定を得るまでの心理描写は説得的で見事である.この後に関が原の戦,大坂の陣と小督にとってはむごい動きが起こるが,そこは信長の姪だけあって,腹を括ってひたすら徳川家のために子を生み続ける.そうして遂には娘の和子が後水尾天皇の中宮として入内するに至る.それでも小督は十歳の時に住んでいた安濃津 (今の津) の伊勢湾の眺めが忘れられない... でこの長い作品は終る.私は充分堪能した.ただし,この時代が血なまぐさい戦の連続にも拘らず,日本文化史の一つの頂点だったことにも少し作者の眼が向いてくれれば,物語は一段と充実したろうに,とも思う.ないものねだりかも知れない.推薦.
"いくさ"を無くす事が女の最大の"いくさ"
★★★★☆
読売新聞の夕刊に連載されていたものを単行本化したもの。戦国時代で最も有名な三姉妹の三女"小督"の波乱の生涯を時代の変遷と共に綴ったもの。
小督は姉のお茶々(=淀の君)と比べると地味な印象があるが、考えて見れば信長の姪として生まれ、二度の結婚の後、秀吉の庇護の下に置かれ(作中では愛妾の位置付け)、最後は徳川二代将軍秀忠の正妻となり、お福との角逐はあるが大奥でも権勢を振るう。これ程劇的な生涯を送った女性も珍しい。物語は男達の戦いと共に進行するが、作者の狙いは当然ながら女性から見た時の"いくさ"である。これは武将である夫への励ましであり、祈りであり、変らぬ忠誠心である。他の女性との競争もあるし、我が子の将来を案じる親心もある。また、落城、別離、気の進まぬ輿入れに耐えるのも"いくさ"である。小督はイメージとは異なり、お茶々に負けない程の活発で芯の強い女性として描かれる。嵐の伊勢湾脱出劇がその象徴。優しさと強さを兼ね備えた理想的な女性である。夫との絆の象徴として、夜の生活も濃密に描かれる。そして最大の"いくさ"は"いくさ"を無くす事である。題名に合わせ、ガラシャ夫人も彩りを添える。
そしてハイライトは、大坂の陣。淀の君の説得に行くのは三姉妹の次女"お初"(常高院)。方や豊臣の代表、方や徳川の代表。そして小督はひたすら祈る。三姉妹の立場を極限にまで分けた運命の皮肉を、作者は意外な程冷徹に描く。ここでは家康に対して負けを覚悟で闘った淀の君の悲壮感と覚悟が印象的。これを家康に対する淀の君の愛憎と捉えるのは、流石に無理だろう。"いくさ"の終焉を願った小督が、我が子に"尽きぬ争いの種"を見るラストも効いている。戦国の女性に対する新たな光を当てた意欲作。