本書には、失われていた文字を習得することにより、あらためて自分の人生の意味、あるいは世界のありようをとらえかえした人々の感動的な文章が多数収録されている。家族や仕事への思い、怒りや感謝といった感情など内容はさまざまだが、ひとつひとつのことばはあまりに切実で重い。すなわち、寿識字学校で学ばれる「ことば」とは、単に記号ではないのだ。著者の言を借りれば、まさに「自分の生の歴史」であり、「人間全体のこと」であるのが、よく理解できる。
本書によれば、寿識字学校には大学生を中心に文字の読み書きができる人たちも多数参加してきた経緯があるという。彼ら彼女らは、「文字は知っていても、書くべき自分のことばがない」ことをどこかで感じた人だったのではないかと著者は語る。しかしそんな人たちも、寿識字学校に集う多くの人たちとの対話、相互の関係性の中で、少しずつ変化、成長していった。本書全体を通じ、そうした識字教育のダイナミックな運動体的側面を見て取ることができる。(松田尚之)