「もとのままのもんは骨と目ん玉と髪と耳とアソコぐらいなもんでね あとは全部つくりもんなのさ」。大掛かりな全身の整形手術とメンテナンスにより、完璧な美しさを持つモデルの「りりこ」。女優や歌手としても活躍し人気の絶頂を迎えるが、体は次々に異常を訴え始める。それにつれてりりこの心の闇も濃く、深くなり、彼女の人生はやがて手もつけられなくなるほどに壊れてゆく。
りりこをスカウトして、美しく変貌させたモデル事務所の社長。ひどい仕打ちをされても、りりこから離れられないマネージャーとその恋人。生まれながらに美しいがゆえに、美に執着しない15歳の新人モデル。最後まで、りりこを美しく仕上げることに全力を注ぐメーク担当者。ある事件を追いかけるうちにりりこに出会い、シンパシーを感じ始める検事。りりこをとりまく人々も絶妙に配置され、この物語を重層的で刺激的なものにしている。
醜かった主人公が美しく生まれ変わり、成功をおさめる。たくさんの物語で描かれてきた、わかりやすくてドラマチックなその過程は、本書ではほんの少し触れられているにすぎない。はじめからりりこは美しく成功の真っ只中にいて、彼女の向う先は破滅でしかないという不穏な空気が、物語の最初から濃厚に漂う。その破滅の過程を、著者は、息苦しくなるほど丹念に描いていく。最終章で描かれる、りりこの決着のつけ方は壮絶であるが、そこに含まれる不思議な「明るさ」のようなものが、読者の心をとらえて放さない。(門倉紫麻)
あなたが何かを羨望するとき あなたはその何かをもっていない
★★★★★
taiyaki#56
『ヘルター・スケルター』というタイトルの由来は、何なのでしょうね?
ビートルズの曲名ていうのは知ってますが、でもなぜなのでしょうか?
何度も読み返しましたが、やっぱり何回読んでもぞくっとくるほど面白いです。
欲望渦巻く人々は昔も今も変わってないですし、コミックだから描ける空気に満ち溢れてます。
未完成の作品ですが、これはこれで完成してるんじゃないでしょうか。
タイガー・リリィの奇妙な冒険をいつか・・・
★★★★★
凄い!
今のところ岡崎京子の最後の作品だが、それまでの作品とは違う。彼女の作品にはあまり感じたことが無い、"生"のエネルギーを感じる。
作者は女の子の落ちる様を描きたいと言っていたが、これは落ちる女の子なのか?
物語は、破滅の香りが濃厚に漂う中、文字通り「完璧に加工した」美を武器に絶頂の直前にあったりりこが、抑えようがなくなった醜悪なるものに、どう抗っても飲み込まれ、転落していく様を描いている。
しかし、一方でこれは、春子からりりこ、りりこから内なるタイガー・リリィに同化し、メタモルフォーゼする物語でもある。
醜悪ではあるが、うかうかすると取り込まれてしまう。違和感、異常性に恐れを感じながら、魅力的でもある。
彼女の作品では「エンド・オブ・ザ・ワールド」が好きだったが、これは次元の違う作品だ。願わくば、タイガー・リリィのその後の冒険物語を見てみたいのだが・・・
■「現代の身体とココロの美」を規定する傑作
★★★★★
■スーパーモデルのケイト・モスをめぐる
人工美と健康の賛否論ではおなじみのテーマではあるが、
それぞれの虚無を抱えつつも、人間の欲望に向き合う
登場人物の異様な存在感に圧倒される。
「骨がよかった。表皮と骨の間は何とでもなる」
この言葉の中に、この作品の主題が象徴されているように思う。
すべての登場人物が、それぞれの虚無を抱え、
その虚無世界が、りりこのクスリで酩酊している無意識で、
渾然一体のカクテルとなって作品世界を作り出している。
あの時代のデヴィッド・リンチの作品手法に似た
酩酊感が心地よい。
そのような世界を、映像ではなく、線と言葉で描ききった岡崎京子は、
まさにこのファッション・アイコンである「りりこ」を産み落とした
イタコにふさわしい。
りりこのその後は、作者のリアルな事故により静止したままであるが、
不謹慎かも知れないが、りりこのその後は、
この21世紀の静止した世界が、次の動きを始めようとしている今こそ
始動するように、作者の作家能力ともども封印されたのではあるまいかと思える。
だとすれば、りりこが再臨するにふさわしい今こそ、
岡崎京子も堂々と復活し、りりこのその後を語り始めるのではないかと、
作者の回復と、りりこ再臨を、同時に、真摯に、祈りながら、待ち続けることにしたい。
ps この作品のカバーイラストは、りりこだとすると、ミスマッチかも。
と思います。
りりこは、「肉感」で美や欲望を表彰するタイプのアイコンではないからです。
作者の復活の初仕事は、このカバーイラストの新装からお願いしたいと思います。
この作品の新装こそは、復活される岡崎さんの初仕事として象徴的なものになると思います。
作者自身が、アイコンであり、アイコンの再臨は、りりこと作者の双方にとって
デュアルな問題だと確信できるからです。
回復、そして、りりこを引き連れての、デュアルな再臨を心よりお祈りいたします。
扇風機おばさんを先取り
★★★★★
“ 扇風機おばさん ”ーこの人をご存知の方は多いだろう。違法な整形を繰り返し、最後にとんでもない顔になってしまった韓国人女性である。
主人公はまさに扇風機おばさん。…しかも、この漫画が書かれたのは15年も前の事!多くの人が、岡崎氏を“天才”と呼んでいるが、その理由がよく分かった。
最後に、世の男性達へ。この漫画のテーマは、もはや女性だけのものではありません(笑)。女性並みに、男にも“美しさ”が求められている現代では(ニヤリ)。
90年代という時代の虚構さを見事に描いた漫画史上に残る傑作
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岡崎京子が1995年から1996年まで『Feel Young』に連載した『ヘルター・スケルター』を読む。彼女が交通事故に遭う直前に連載を終えた作品だ。ほとんどサイボーグのように全身整形された売れっ子モデルのりりこが絶頂期から墜ちていく壮絶なる様を描いている。「美」という儚く、空虚な価値のために、全てを注ぎ込み、身体を代償にしてまで得る女性の執着の凄さと欲望の深さに読んでいて頭がクラクラする。しかし、りりこが求めていたのは「美」を得ることでの周囲への支配力、影響力であって、必ずしも「美」そのものではなかったのかもしれない。「美」というものについて、深く考えさせる岡崎京子の凄まじいばかりの傑作。
タイトルはビートルズの『ホワイト・アルバム』に入っているポール・マッカートニー作の曲から取られているが、そのヘビー・メタル調の曲はビートルズの作品の中では極めて異質で、また優しいメロディのラブソングスを得意とするポールの曲の中では、例外的に攻撃的なものである。さらに付け加えれば、繰り返されるリフは音がひたすら下がっていく。何か、ひたすら墜ちていくりり子を表してるようで、この岡崎京子の作品は「ヘルター・スケルター」という曲をインスパイアさせたかのようだ。実際、つくられた順番は逆なのであるが、非常にぴったりくるタイトルだと思う。そして、岡崎京子のこの曲と同名の作品の凄さは、ビートルズに勝るとも劣らないほどのものだと思う。90年代という時代の虚構さを見事に描いた漫画史上に残る傑作であろう。