「民族」の思想小史
★★★★☆
近代日本の「民族」主義的言説の諸相について解説する本。ページ数の割には取り上げられる思想家の数が多いので、各論ともにどうにも物足りない感じはするが、ダイジェスト版としては非常に読みやすく含蓄にも富んでおり、さらなる読書や思索が広がっていくだろうから有益である。
前半は、本居宣長の国学や後期水戸学や福沢諭吉の文明論、と、子安氏がこれまでいくつかの著作の中で詳しく論じてきたテーマであり、これまでの主張の要約といった感じで、安定した議論だな、と思った。日本の固有性に関する学問の発明、民族国家を運動させる祭祀と政治と戦争の論理の構築、個人契約としての国家論の立場から超越的な血統主義の国体論を批判する言説の展開、と、子安思想史学説のキモ的な部分がささっと読めて便利である。
後半は、昭和期以降の新たなる「民族」主義的思考の諸形態が主題とされており、これは子安氏自身による新たなる学的探求という面もあるからか、少し議論が散漫な印象を受けた。神話や歴史や習俗を共有する人間存在の集合体としての「民族」という概念が、およそ1930年代に確立しその後プレゼンスを獲得してくるが、その流れと呼応しながら、あるいは和辻哲郎の対西洋倫理学的な「民族」主体の倫理思想が、あるいは田辺元の戦死の意味論を基礎付ける「種
の論理」が、あるいは橘撲の東洋民族協和論が成立してくる。このうち、田辺の哲学に関しては、戦死こそがナショナリズムの核心、という子安氏の持論をストレートに思想化したような趣があるからか、とても理解しやすかった。他の論者については、まだまだ検討の余地あり、という印象である。
本書はすなわち、子安思想史学のこれまでとこれからが、コンパクトにまとまった作品なのである。過去の想起も、未来への期待も、ともにうまれいずる。