表現にだまされると
★★★★☆
一見すると複雑な事件に見えるこの作品、
実はよーく紐解いてみると
かなり単純という実は視点を変えてしまうと
がっかりな作品でもあるのです。
そんな事件を解決するのは
ヘンリ・メリヴェール卿。
彼のせりふは毒がありますが
それでも的確に事件を解決していきます。
でも、やはり手法は
ある程度読みなれている人には
ワンパターンという感が否めないことでしょう。
もちろん、読みなれていない人には
ハラハラした展開、そして思わぬ事実に
驚いてしまうことでしょう。
《足跡》テーマの代表的作例
★★★★☆
犯行現場となった建物の周囲は雪に覆われ、残されているのは、ほんの少し前
につけられた、発見者の足跡のみであるにもかかわらず、被害者は、それよりも
何時間も前に死んでいたという不可能状況を、機械的仕掛けを用いず、心理的
に処理した《足跡》テーマの代名詞的作品。
作中では、犯人がいかにして足跡を残さず、移動できたかに焦点が絞られ、
さまざまな仮説が立てられますが、それ自体、作者による巧妙なミスリード
で、終盤においてH・M卿が開陳する、事件の構図を鮮やかに反転させる
推理を効果的に見せる布石となっています。
また、殺人事件の背景には、映画のスポンサーと脚本家のトラブルといった背景が
あり、それが事件の様相を複雑なものにしているのですが、犯行現場の邸で飼われ
ている犬も、不可能状況の構成に欠かせない重要な境界条件となっているのが秀逸
です。
ただ中盤、容疑者にされた脚本家が遺書を残し、自殺未遂を起こすのですが、
遺書の内容も含め、あまりに不自然で、トリックを構成するための作者の都合
が透けてみえてしまうのが残念なところ。
雪密室の傑作
★★★★☆
カーが発明した不可能犯罪トリックの中でも、
もっとも優れたものと、
江戸川乱歩が激賞したとされる作品です。
乱歩の激賞というのは、
現代の私たちの感覚からすると
的を得ていないものもあるようですが、
本作品は違います。
なかなかの傑作といえる作品ではないかと思います。
<白い僧院>と呼ばれる邸宅に宿泊した女優、
マーシャ・テート。
翌朝、彼女は、別館の部屋の中で
殴殺死体となって発見されます。
邸宅の周りには、前夜降った雪が積もっており、
足跡は、死体の発見者のものしかありませんでした。
犯人はどうやって殺害現場に進入し、
脱出したのでしょうか?
名探偵、ヘンリー・メリヴェール卿の推理が光ります。
この作品のトリック、核心部分は極めてシンプルです。
ただ、この作品がきっちりと
長編小説として成り立っているのは、
複雑な事件の真相があり、
幾重にも張られた伏線がしっかりと活きているからです。
本作品で起きる事件は、
生前のマーシャ・テートに贈られた
毒入りチョコレート事件、
そして、物語の中盤以降に起こる
自殺ともう1件の殺人があります。
さらに、<白い僧院>とは離れた場所で起きた
ある事件も関わってきます。
これら事件の複雑に絡み合った真相が
どのように解かれていくのかという物語展開は、
読む者を飽きさせることはありません。
メイントリックだけを取り上げれば、
非常に簡潔なものですが、
小説として膨らみを持たせ、
長編として読ませる作者の手腕はさすがと言わざるを得ません。
雪密室の古典とも言える本作品は、
数ある密室ミステリの中でも、
屈指の傑作に入ることは間違いないと思います。
構成要素は陽
★★★★★
密室をテーマにした不可能犯罪物の中でも最高に属する一冊でしょう。個人的に一番最高な
密室物(一番好きな推理小説でもある)はガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』なんです
が、この作品が持つ密室の構成要素は受動的で〈陰〉に近く、心理的に訴える部分が魅力で
すが、本書のソレは対照的に〈陽〉に近く、絶対的で極限のパズラーとして向き合える魅力
があります。
カー独自の怪奇的趣味による装飾がほとんどされておらず、それ故に躍動する人間像がそこ
にしっかりとあり、非常に人間くさい。事実が明らかになるに連れ取って付けたような胡散
臭さを感じる推理小説は沢山あるが、本書は上記のような理由からそう感じない。
何より事件解決に乗り出すH・M(ヘンリ・メリヴェール卿)が、やたら人間くさくて滅法素敵
なんですね。
まあ、とかく完成度が高い事は請け合いであって細々とした批評は必要ないですね。この密室
の、どうしようもない程の不可能さ加減を是非満喫してみてください。
カー・ディクスン(カーター・ディクスン)の最高傑作!
★★★★★
本書はカーター・ディクスンの最高傑作で、本書の密室トリックについては、江戸川乱歩が「カーが発明した不可能犯罪のトリックの内でも、最も優れたものの一つ」と激賞しているとおりである。
カーター・ディクスンは、最初の作品『弓弦城殺人事件』と、ヘンリ・メリヴェール卿初登場の『プレーグ・コートの殺人』から2作目の本書、3作目の『赤後家の殺人』までは、当初ディクスン・カーをひっくり返した「カー・ディクスン」という名前であった。
そしてこのカー・ディクスン名義の作品(とくにHMが登場する作品)に、後にカーター・ディクスンに統一されたディクスン名義の傑作が集中している。
(以後の作品でこの3作に匹敵する作品は、『ユダの窓』ぐらいだろう。)
本書を始めとするこの3作に共通して言えるのは、そのトリックの独創性と切れ味のほか、張りめぐらされた伏線がきちっとパズルのピースの一片であるがごとくにあてはまる、作品全体の緻密な構成にある。
とくに本書においては、死体の発見された別館の入り口には発見者以外の足跡が残っていないという「雪の密室」の謎と、複雑にちりばめられた伏線に対し、HM卿のたった一言でトリックの全貌が明らかにされる、その単純明快さゆえの「ああ、そうだったのか!」という衝撃が実に心地よく、その衝撃と快感は、ディクスン・カー名義の最高傑作『皇帝のかぎ煙草入れ』に匹敵するものである。
しかし『皇帝のかぎ煙草入れ』もそうであったが、本書にはカー独特の怪奇趣味が薄いため、残念ながらカーの真価を味わうには十分とは言えない。
とはいえカー初心者には、『皇帝のかぎ煙草入れ』よりも本書の方が、密室という不可能犯罪に正面から挑んでいる分、カーの持ち味(ほんの「さわり」ではあるが)を知るのに適していると思う。