意外なひねり、おもしろさ、テクスチャー(とりわけリサ・ハリガンの繊細なヴォーカルとヴィヴィアン・ロングの朗々と響きわたるチェロ)が盛りこまれた『O』の強みは、楽曲の質の高さ(本作の収録曲は、退屈な「アンプラグド」・ヴァージョンにアレンジしても充分鑑賞に耐えるだろう)ばかりではない。自由な発想を大切にした冒険精神もそうだ。オペラ風に歌われるイヌイット語の歌詞(「Eskimo」)、物憂くも神々しいグレゴリオ聖歌(掛け値なしに感動的な「Cold Water」――どうやら溺死についての曲らしく、死にゆく父、娘、神の間で交わされる会話がはさまれる)。これらの要素は、ポップ・ミュージックに持ちこんではならないものなど何もないという宣言なのだ。
野蛮さがむき出しになったトラックもある。「I Remember」では、まずリサ・ハリガンが男女関係の理想を歌うが、そのあとでダミアン・ライスの反論が爆発、ノスタルジックな調子だったストリングスも、血管がぶち切れそうなほど荒々しく不調和なクライマックスを迎える。さらに、苦々しい自己憐憫(れんびん)を感じさせる曲も登場。「Cheers Darlin」がそれで、ジャジーでわびしげなクラリネット、グラスのたてる音、バックに響くカクテル・ピアノが物悲しい雰囲気をかもし出す。とはいえ、変化の激しさについて行けないというリスナーのために、「The Blower's Daughter」やニック・ドレイク風の「Amie」のような楽しいチューンもある。後者で甘美かつ複雑なストリング・アレンジを担当したのは、ライスのまたいとこにあたる有名作曲家、デヴィッド・アーノルドだ。これらは、奇妙な魅力に満ちたライスの世界を近づきやすいものにしてくれるだろう。(Kevin Maidment, Amazon.co.uk)