視点が広がります
★★★★☆
死にたくない、長生きしたい、美しく健康でありたいという願望がある以上、不安をあおるのは商品・サービス・情報を買わせるのに有効です。
筆者はジャーナリストだけあって実例が多く、ほぼ実例集といってもいいです。
マスメディア、学者、政府と政治家、製薬会社、セキュリティー企業、テロリズムなど。欧米の例で大半が占められています。
ボリュームも多い。500ページ弱、びっしりと書かれています。
その代わり、冗長でまとまりには欠けます。「だから何なの」と結論を求める人には向いていません。
背景に流れるものは、
・頭(論理)と腹(直観)に例え、健康や天変地異への危機意識は我々の経験、種として太古から受け継がれる関心事であること。
・人は物事を語るときに自身の立場、信念から完全に解放されることはなく、客観性を保とうとしてもどこかに意志が働くこと。
・数値の大きさで測れないものは多い。人は1000人の事故の報道よりも、1人の死のドキュメントに感銘を受ける。
(本書自体が、矛盾を「抽出した」ものであるように。)
この本は2通りの読み方があると思います。
1. 懐疑の大切さ。メディアや企業は、自社に都合の悪いことは言わず、都合の良いことを拡大して言う。
2. 深層心理のマーケティングへの応用。感情に訴えることができれば、多少論理がおかしくても人をコントロールできる。
ビジネス書を期待すると肩透かしですが、一種の雑学と思って読むと腑に落ちます。
翻訳は、たどたどしい部分がなくすばらしいと思います。このボリュームでよく練られていると思いました。
この本の要約
★★★★☆
この本の要約。
ある試算によれば、アメリカ国内でテロリストが毎週1機の旅客機をハイジャックして乗客を全員死亡させたとしても、1年間毎月飛行機を利用する人がハイジャックで死亡する確率は、13万5000分の1(0.00074%)であり、自動車事故で死亡する年間の確率6000分の1(0.017%)よりはるかに小さい。
2006年、ベルリンのマックス・プランク研究所の心理学者ゲルド・ギデレンザーは、911のテロ攻撃前の5年間とその後の5年間のアメリカ人の交通事情についての研究を発表した。それによると、アメリカ人は911の後に自動車の利用者が増加したが、1年後にはそれまでの交通パターンに戻った。当然、2001年9月以降に交通事故死は急増し、それまでの年より1595人多く死者が出た。
オックスフォード大学の2007年の調査によれば、いつ乳癌になりやすいかと英国女性に尋ねたところ、半数以上が「年齢は関係ない」と答えた。また、20%の女性は50代の時が最もリスクが大きいと答え、9.3%の人が40代、1.3%の人が70代と答えた。正解の80代と答えた人はわずか0.7%のみだった。
数字で答える問題の前、見る数字に答えが影響されるのは、心理学者が係留と調整のヒューリスティックと呼ぶものである。正しい答えがはっきりとせず推測するとき、人間は最も近くにある数字、つまり最近聞いた数字に飛びつく。その後に頭の思考によって答えが調整されるが、その調整が不十分になりやすく、最終的な推定は最初に使われたアンカーに偏りやすくなる。
心理学者のブライアン・ワンシンク、ロバート・ケント、スティーブン・ホックによる実験。スーパーマーケットでトマトスープの缶を売る際に、特別に何の表示もなく売ったら半数の客がこの缶を1つか2つ購入した。しかし、「お客様1人当たり12缶まで」という表示付きで売ったところ、ほとんどの客が4缶から10缶買い、1−2缶のみを買ったという客は1人もいなかった。
ブリティッシュ・コロンビア大学の心理学者のカーネマンとトヴェルスキーは、245人の学生を2つに分け、一方のグループには「1983年に北米のどこかで大規模な洪水が発生して1000人以上が死亡する」確率を求めさせた。もう一方のグループには、「1983年のある時点でカリフォルニアに地震が発生して1000人以上が死亡する」確率を求めさせた。論理的には2番目の確率が1番目の確率よりも少なくなければならないが、実際、学生は2番目の出来事が起こる確率は1番目より33%高いと予想した。つまり、人間は具体的で典型的と思われる事象は、実際に起こりやすいと考える傾向がある。
想像力が直感を左右するかどうかを調べた実験。1976年のアメリカ大統領選挙の間に、1つのグループの被験者はフォードが選挙に勝ち、大統領就任宣言を行う場面を想像するように求められ、その次にフォードは選挙にどの程度勝ちそうかを尋ねられた。もう1つのグループには、カーター候補に対して同じことを求められた。その結果、フォードが勝っているところを想像したグループのほとんどは、フォードが勝つと答えた。カーターのグループのほうは、カーターが勝つと答えた。つまり、その出来事を想像した人は、そうしていない人より、実際にその出来事が起こる確率が高いと感じるのである。
1970年代後半にアメリカでポール・スロヴィックとサラ・リヒテンシュタインによって行われた認識と現実のギャップに関する調査。ほとんどの人は事故と病気は死因として同じくらいと述べたが、実際には病気は事故の約17倍も多い死因となっている。また、自動車事故によって糖尿病の死亡者の350倍が死亡していると推測した。実際には、交通事故はたった1.5倍である。つまり、人は、ニュースや新聞で報道されるめったにない事件・事故を過大に評価する傾向があり、報道されない病死などを過小評価するのである。
心理学者のトーマス・ギロヴィッチとマーク・フランクによる調査。1970年から1986年の1シーズンを除く間のNFLで黒い色のユニフォームの5チームの全てが、リーグ平均を上回るルール違反を犯した。これはNHLでも同様で、黒色のユニフォームを着た3チームが全て、1970年から1986年の全てのシーズンでリーグ平均以上の退場時間を科せられた。興味深いのは、これらのチームが別のユニフォーム(ビジター用で白地に黒の縁取り)を着たときも、黒いユニフォームを着たときと同じように罰則を科せられたことである。さらに、この二人の研究者はピッツバーグ・ペンギンズの1979年から1980年のシーズンを調査した。その結果、シーズン前半の44ゲームでチームは青色のユニフォームを着た。この期間、チームの平均退場時間は1試合につき平均8分だった。しかし、シーズン後半の35ゲームでチームは新しい黒のユニフォームを着たところ、コーチと選手はシーズン前半と同じだったが、退場時間は1試合につき12分となった。
心理学者のアーウィン・レヴィンとゲーリー・ゲイスによる実験。調理済みの牛肉を1つのグループに見せ、「これは赤身75%の牛肉です」と言って味見させる。もう一方のグループには同じ牛肉を見せ、「これは脂身25%の牛肉です」と言って味見させる。その結果、最初のグループのほうが、この牛肉のほうを高く評価した。
2005年、Yale大学ロースクールのダン・ハイケンは、アメリカ全土からランダムに選ばれた1800人に対して調査を行った。対象者は様々なリスク(気候変動、銃の個人所有、銃規正法、マリファナ、妊娠中絶の健康への影響など)についての評価を求められた。その結果、非白人は白人よりリスクを大きく評価し、女性は男性よりリスクを深刻にとらえた。これは白人男性効果と呼ばれ、白人男性は常日頃からリスクを小さく感じている。女性と人種少数派が持っている政治力や経済力や社会力は白人男性より小さい傾向にあるので、政府に対して抱いている信用も白人男性より小さい。それがリスクをより深刻に捉える一因となっている。
リスクに対する人の行動。論理的な検証
★★★★★
教育水準、食糧事情、医療などなど、現在は人類の歴史上、もっとも恵まれている時代です。
それは平均寿命の推移からも知ることができます(アメリカは1930年に59歳。今は78歳)。
しかし、私たちは「今は昔に比べてリスクが高い」と感じます。統計上(著者は「頭」と呼ぶ)、リスクがなくても、感情(「腹」と呼ぶ)が結論をだすからです。
なぜ、統計よりも感情で、人々は判断するのかを論理的に検証しています。
著者は、「もっと論理的になりましょうよ」という目的で書いていますが、私自身は「なぜ、人は論理的に判断しないのか」を知る目的で読むことができました。
人が「頭」よりも「腹」で決定した例をいくつかあげ、その理由を論じる形をとっています。エピソードが興味深いため、飽きずに読むことができました。
エピソードの例:
1 豊胸シリコンパッドが結合組織の病気をおこす。根拠はないが、FDAが禁止し、製造業者は使用者に賠償命令がでる。賠償金額が多すぎたために、倒産。結局、利益を得たのは弁護士だけ。
2 コレステロール薬。以前は病気ではなかった高脂血症に対して、危険をあおり、抗コレステロール薬のマーケティングを行う。「ファイザーは販促のために死の恐怖を用いている」を引用している。
3 ネット監視ソフト。「5万人の小児性愛者がネットを徘徊している」という、根拠のない統計が使われている
4 テロ。テロの死ぬ確率は1万〜10万分の1。雷で死ぬ確率は79746分の1。しかし、アメリカ人の6割がテロの恐怖を感じている。
最初の部分は「経済は感情で動く」という本とほとんど同じ内容でした。この本はジャーナリストが書き、「経済は感情で動く」は学者の書いたものです。こちらもおすすめです。
リスクの本質
★★★★★
始まりのプロローグで度肝を抜かれる。2001年9月11日航空機を使用した同時多発テロの恐怖に怯えた米国市民は移動の際に航空機の使用を控えるようになった。テロで命を落としたくないからである。その結果どういうことが起こったのか。
航空機で命を落とす確率はきわめて小さい。そういえば毎日乗り続けても8200年に一度の死ぬ確率であると僕は誰かが計算したのをインターネットで見たのを覚えている。
テロの後、多くの市民は飛行機に乗らず車での移動を余儀なくされた。自動車での移動することになったため、自動車事故で死亡した数は1595人と推計されると言う。
情報として提示された数字の本質を見極めることに気づかされる良書である。
これは認知心理学の本です。
★★★☆☆
タイトルにも書きましたが、この本は「各種の異なったタイプのリスクを評価する」といった類の本ではないように思います。ジャーナリストが書いたということもあるのかもしれませんが、どちらかというと、通底するテーマ、「人は、理性的に導き出されるのとは違った感情的なリスク評価をしてしまうし、それは心理学の研究でも示されているよ」ということを繰り返し述べているものだと思います。
本書が取り上げているテーマ自体、重要かつ面白いものであり、また、それが克服されれば、今起こっているおかしなことがもう少しまともになるという点で、たくさんの人に読まれることは意義深いと思いますが。
一方で、特定のリスク、日本のみなさんがが特に興味を持ちそうな話題、例えばダイオキシンやら地球温暖化といったことについてのリスク評価、といった点ではそれぞれを専門とする科学者が書かれた本を参照すべきかな?、というようにも思います。
けちつけるつもりはありません。面白い本です。ただ、このあたりの話に日々直面しながら仕事している立場からいって、「ちょっと食い足りない」というところで星3つ(笑)。