もちろんグルダのピアノも、言葉も出ぬほどの素晴らしさである。凛とした筋肉のように、艶やかで、誇らしげで、美しいということを、まったく恥じる気配もない。王者の風格とはまさにこのようなものであろう。優しさも、力強さも、瞑想も、決断力も、勇気も、人間的でポジティヴな感情のすべてがここには詰まっている。長いたてがみをなびかせた獅子の気高い音楽――そんな言葉さえ思い浮かぶ。1971年1月の録音だが、いまだに「皇帝」最高の名演のひとつとして、輝かしい存在感を放っている。「テンペスト」は、グルダがウィーンの反逆児としてめきめきと頭角を現し始めた1957年12月、グルダ27歳の録音。グルダ特有のはちきれんばかりのリズムの生命力と勢いと才気が、馴染み深い「テンペスト」を鬼気迫る嵐のような音楽へと昇華させている。協奏曲の余白に収めるだけではもったいないくらいの名演である。(林田直樹)