基礎理論への日本人の貢献
★★★★☆
量子力学の基本原理であるハイゼルベルグの「不確定性原理」について、日本人の小沢正直 名古屋大学教授(本書が書かれた頃は東北大学教授)が新たな不等式を提示しているということはなんとなく知っていましたが、それについての説明を試みています。
とはいえ、本の大部分については量子力学の創設から量子力学の確率解釈であるコペンハーゲン解釈を巡る物語に費やされています。
量子力学の中核的な基礎理論でありながら、古典物理学者たちが違和感を感じていた部分であり、その不等式自体の問題点を明確にするためには必要なことだと理解できますが、小沢の不等式を直接的に扱っているボリュームを考えると、少々アンバランスを感じるかもしれません。
しかしながら、その記述は非常に丁寧で、量子力学の黎明期についての出来事が理解しやすくなっています。
アインシュタインが、量子力学には理論的に不備があるとしていろいろな反論を試みたのは有名な事実ですが、一方でその量子物理学者たちを積極的にノーベル賞に推薦していたという事実はあまり知られていないのではないでしょうか?
そんなこともあり、このようなボリュームも量子力学自体の理解のためには、必要な記述であると思います。
小沢の不等式については、これからの観測技術によって確かめられていくことだと思いますが、昨年ノーベル賞を受賞した小林−益川理論も正しいとは言われつつ巨大加速機の開発とそのパワーの充実、そして観測の精度が上がってきて、35年を経て理論が実証されてきたことを考えると、その不等式の正当性の実証にはだいぶ時間がかかるような気もします。
それでも、日本人が物理学の応用分野ではなく基礎分野に貢献するというのは、非常に画期的なことであると思われるので、その結果を気長に楽しみに待っていたいと思います。
量子力学の創世記を理解するのに、もってこいの一冊だと思います。
物理学者群像の歴史としても楽しめる
★★★★☆
ハイゼンベルクの不確定性原理の歴史をレビューし、最近の発展である小澤の不等式の紹介をした本である。
著者の意図は、物理の最も基本的で、しかも常に論争のネタであった、不確定性と観測理論の分野で、最近あった我国からの大きな貢献を紹介することであろうと思われる。そのために、その分野のレビューを書くはめになったのであろうが、このレビューが非常にいい。物理の部分は必要十分で分かりやすいし、第二次大戦前後の物理学者群像の歴史としても楽しめる。まあ、分かりやすいと書いたが、観測理論なんて、ある意味一番難解な分野だし(そう、数学がそれほど難しいわけでもないのに、やたら難解なんですよね)本当のところ分かったかと言われると心もとない。それでも、ある程度イメージが湧くのは、やはり良い解説だ。
小澤の不等式は、物理量本来の「ゆらぎ」と測定に関わる「誤差と擾乱」の違いが完全には理解できなかったので、どうも釈然としなかった。途中ちょっといい加減に読んでたからなあ。その違いさえ認めれば式自身は分かりやすく、「大発見やー」であるのは分かった。
一つ読んでいて解説して欲しいなあと思ったのは、EPR パラドックスと情報伝達の問題だ。EPR パラドックスの解説を見ると、情報が光速以上で伝わるように見える。それって、特殊相対論に違反すると言うか、それと特殊相対論を使うと因果律が崩壊しそうに思える。そこんとこどうなんでしょう。
語り口も平易だし、物理に疲れたら歴史で口直しできるし、バックグラウンドに関係なく物理に興味を持つ人皆さんにお薦め。
科学史としての物語は面白いが・・・
★★★☆☆
不確定性原理が破れた、というので、
わかりもしないのに興味本位で手にとって見た。
量子力学の黎明期から完成に至るまでの科学史である。
アインシュタインとボーアの具体的な論争の中身にまで
踏み込んで詳しく解説している。
思考実験など、直感で理解できるところはいいが、
後半、数式が多くなってくると、興味本意の素人には苦しい。
物語自体は興味深く読んだが、
結局、どうして不確定性原理が破れたのか、
破れると何がどう嬉しいのか、ちんぷんかんぷんであった。
大学で高等数学をやった人以外は厳しいと思う。
少なくとも高校レベルでは歯が立たない。
あんまりわからないのも悔しいので、
基礎から勉強し直そうか、とちょっとだけ思った。
日本人著者の手による、不確定性原理の名著
★★★★☆
ミクロなレベルの現象を記述する量子力学において、最も特徴的な法則がハイゼンベルクによって提唱された不確定性原理である。不確定性原理とは物質の状態を測定した時に、その位置と運動量を同時には正確に特定することができないというものであり、これは観測技術の問題ではなく物質に根本的に内在する性質であるとされている。
私自身は、大学で量子力学の講義で初めて不確定性原理を学んだ際に衝撃は受けたが、何となく納得しきれない思いがした。定性的な説明は電子に光を当ててその位置を測定すると、電子が非常に軽いためその後の運動が攪乱されて運動量が不明になるというものであったが理解しきれなかった。位置を正確に測定したからといって、運動量の「不確定」の程度が無限大になるとは考えられなかったし、そもそも測定を行った後に擾乱が発生したとしても、問題となるのは測定時の位置と運動量のはずである。何故、測定後の擾乱が問題となるのか理解できなかったのだ。
本書は、そのような疑問にズバリと解答を与えてくれる。日本人研究者小澤の導出した不確定性を表す不等式には、「観測による擾乱」と「本来物質に内在するゆらぎ」が区別されて組み込まれている。この不等式ならば、位置や運動量が無限大になることもない。まさに歴史的発見の名に相応しいと言えるだろう。
ただし、この不等式がまだ完全に認められたわけではない。理論的にはエレガントであるが、未だ観測精度の問題などで検証されていないからだ。それ故に、一般の科学雑誌などではハイゼンベルクの数式による説明がなされている。
とはいえ本書の見所はズバリ、研究者小澤が既存の大理論を覆してしまった(かもしれない)大発見をしたことだ。まだまだ物理学の理論の鉱脈は広がっており、本書は新しい発見に触れたときの興奮を感じられる名著である。
良書だが
★★★★☆
ハイゼンベルクの不確定性原理ほど、謎だらけの物理理論はない。確率的にしか確定できない物理量などというものがこの世に存在すること自体も不思議であるが、回折スリットをすり抜ける光子の動きや、ERPパラドックスに至っては、あたかも、量子が意志を持っているかのような不可解さにあふれている。
本書はこの不思議の世界に挑戦した、幾多の天才物理学者たちの人間模様を縦軸に、量子の理論を横軸に描き出した良書である。特に、アインシュタインやハイゼンベルクなど著名な量子物理学者以外の学者達にも光を当てて、彼らがどのように量子力学構築にかかわってきたか、さらには、日本人物理学者がこの分野でも大きな貢献をなしている意外な事実が書かれている。
惜しむらくは、量子力学の理論の説明がもうひとつわかりづらく、すんなりと頭に入ってこない。著者はできるだけ数式を使わずに、平易に解説しようと試みてはいるのだが、説明文があいまいで本質に迫っていない印象を受けるのだ。本書を読みこなすには、少なくとも、高校生レベルの物理の知識が必要だが、それは差し置いても、物理学者の葛藤のさまを俯瞰するだけでも読む価値のある書である。