その問題に正面から取り組んだのが本書。精神科医・大学教授である著者は数多くの研究を参照し、あらゆる角度から「うそ」の実体を探りだそうとする。科学的な興味を満たしてくれるのはもちろんだが、著者の成熟した人間観が随所にうかがえ、哲学的にも含蓄に富んだ書物となっている。
まず目を引かれるのは、本書がうそというものに対して道徳上の判断を持ち込んでいないことだ。うそは「人生の主要部分、おそらくは中心部分をすらなすもの」で、それが善か悪かはあくまで他者との関係において決定されるという。うそを覚えるのは、人間の成長上重要なプロセスであり、いうまでもなく、対人関係を円滑に運ぶためにもうそが不可欠だ。また、自負心や精神の平衡を保つには自己欺瞞(ぎまん)が必要で、多くのうつ病患者は、自分自身にうそをつくことが苦手だとされる。
といって、当然ながらうそを称揚しているわけではない。その危険性についてもじっくり検証し、慢性的にうそをつく子どもは将来犯罪に結びつきやすいとか、うそつきには遺伝的傾向が見られるといったいささか深刻な研究結果も披露している。また、「氏名・身分詐称(インポスチャー)」、大げさに病気をよそおい、空想虚言をろうする「ミュンヒハウゼン症候群」など、病的な症状についても取り上げ、医学・心理学の両面から考察する。読み進むほどに、人間の心がどれほど果てしない謎に満ちているかを思い知らされる。
実際、われわれの生活は数えきれないほどのうそに囲まれている。だからこそ、そのひとつひとつが人間を知る手がかりなのだ。友人や家族のうそを責める前に、もう一度相手のことを見つめなおしてみるとよいかもしれない。ただし、こんなことを言ってられるのも、それが悪質なうそでなければ、の話だろうが。(大滝浩太郎)
過去の膨大な研究資料を著者独自の視点に従ってまとめあげた本書は、著者自らも
認めるように、特別目新しいトピックが並ぶものではないのかもしれない。
しかし、一読して深く考えさせられる見解が多いと思う。
「過去の辛い経験」を掘り起こす精神療法の方法に疑問を抱いていたレビュアにとって
最も興味深かったのが、「過去の記憶」が多分に誘導で変わる危険性があるという指摘だ。
「記憶、告発、告白のうそ」の章は是非読んでみて欲しいと思う。
内容は大変興味深いが、漢字表現を過度に平易にしすぎるきらいのある
翻訳文が読みにくいのが残念。その分星は二つ引く。