この本の良い所は、まず用例が豊富であること。「様態」を示す冠詞について著者の説明を頭にインプットしてから、用例を繰り返すことによって、冠詞が体得できるというシステムだ。ネイティブと同等の英語センスを身につけることは相当困難であるが、結局、数多くの用例に触れ合っていくことしか道はないのだ。
また、使用されている例文の質が非常に良いことも評価したい。
本書を読み進めるほど、冠詞の奥深さが分かる。
英語は奥深く、難しいことを改めて痛感させてくれた著者に感謝したい。
星4つにしたのは、レイアウトや読みやすさの点で、改善の余地ありという判断から。
まず、説明が学術的すぎて、私の場合は読むのに時間がかかった。
それから、スペースの理由から、固有名詞等を省略する記述は構わないのだが(例えば、和訳部分は人名をイニシャルで表示するなど)、例文中では控えてほしい。例えば、someone まで略して、When you tell s.o. とした例文では余計読みにくく、思考が分断してしまう。
数年前、織田稔「存在の様態と確認 -英語冠詞の研究-」風間書房(およびその改訂縮刷版「英語冠詞の世界」研究社)に出会い、冠詞に関し大いに蒙を啓かれた。そうだ、冠詞は存在の様態を表現しているのだ。
そしてこの樋口昌幸「例解現代英語冠詞辞典」の登場である。これもこの世界における「物」の在り方という角度から冠詞を説明する。樋口の場合は、「名詞が冠詞をとるためにはそれ自体で完結した姿かたちをもつ」を基礎として冠詞論を展開する。これを意味の有無、姿形の有無、働きの有無、限定と非限定、抽象概念と個別事情、a/an+複数形の6つの原理を通じて説明する。こう書くとなにやら難しそうだが、豊富な例文を読み進むにつれおのづと理解できる。
従来の文法書では、たとえば普通名詞には冠詞が付くが抽象名詞や物質名詞には付かない、新聞名には定冠詞が付くが雑誌名にはつかない、ホテル名には定冠詞が付くが、病院名はイギリスでは付くがアメリカでは付かない、など、とくに定冠詞の大部分は丸暗記するよりしかたなかった。しかし織田と樋口の哲学的とまで言える解説によって初めて英語冠詞は日本人にとって理屈で理解できる姿を現したのである。
真剣に冠詞の理解を志す人には、織田と樋口の両方を通読することをお勧めするが、実用性を求める人は樋口だけでよいだろう。ただし冠詞感覚を身につけるためには、「例解現代英語冠詞辞典」はレファレンスとして使用するのではなく、通読すべきである。また本書は通読によく耐える。通読の暁には、それまでより英文の読みが深くなり、書くときは冠詞の迷いからかなり解放された自分を発見するだろう。