主人公の進藤宏はフリーライターとして生計を立てている中年絵本作家。かつては新進の絵本作家として期待されたが、「ある事件」があってからまったく作品が描けなくなっていた。無為な日々のなか、彼はライターの仕事で、「人生の下り坂」にさしかかった人びとに出会う。事業に失敗したITベンチャー起業家、旬を過ぎたアイドル歌手、年老いたSM嬢やホームレスの夫婦。彼らには共通点があった。それは進藤の幻の出世作「パパといっしょに」を知っていることだった。しかしいまの進藤には、そんな無邪気な過去の作品世界はもう描けなかった。
進藤は彼らとの時間を過ごし、それぞれがそれぞれの流儀で晴れ舞台から退場するのを見届ける。そのたびに、なぜか進藤のなかで新しい絵本を描こうとする意欲が、少しずつわき上がってくる。まるで彼らが進藤の絵本に何かを託したくて、その背中を後押ししていったかのように。そして絵本作家の手元には彼らとの時間の中で生まれたスケッチが数枚残る。
物語のラスト、ひとり夕暮れの公園でスケッチを眺める進藤の姿には、不思議と絶望感や孤独感はまったく見られない。ふとした偶然や仕事で知り合っただけの人びとに、自分自身が励まされていることを感じ取ったからなのだろう。そこには、家族という枠組みを超えた人と人とのつながりが描かれている。重松清の小説世界の裾野がまた大きく広がった。(文月 達)