優れた訳文・解説の新訳『白痴』
★★★★★
これまた見事な『白痴』新訳が登場した。とは言え、ロシア語を解さないから文法的・語学的にあれこれ言う力は当方にはないが、少なくとも印象では最も読み易く、最も端整な日本語による『白痴』ではないだろうか。
冒頭、列車内でのムィシキン、ロゴージン、レーベジェフの邂逅から、ナスターシャをメインとした魑魅魍魎ほか様々を交えての10万ルーブリの大芝居まで、第1巻は巻を置く価わず!
大好きなイーヴォルギン将軍による大法螺は知っていても感嘆する!! 電車に乗り合わせたご婦人の手から愛犬の狆を放り投げるところなんぞ、登場人物どもとともに大喝采を叫びたくなる。 初めて読む人は、決して電車やバスで読まないように! 大爆笑するから!!
望月哲男の訳書はバフチンの『ドストエフスキーの詩学』を読んでいたが、小説は初めて。あれ、ソローキンの『ロマン』も訳していたのか。こちらは途中で放り出したな。
望月訳『アンナ・カレーニナ』にも挑戦しよう。
巻末の解説は、基本事項を押さえた貴重なものだと思われる。小説が生まれてきた社会背景、作家の置かれた情況など、大いに勉強になる。普墺戦争と普仏戦争の狭間における作家の個人史には、今回改めて興味を掻き立てられる。1860年代以降のロシアにおける政治的・法的・社会的改革とそれへの反動は、様々な経済、イデオロギー上の変容を招来する。そうしたなかで生まれてきた作品とドストエフスキーという不世出の作家の伝記をともに跡付けた手堅い解説になっているのだ。
原作同様、この解説をも期待させる。ところで、これは全3巻? 早く出して欲しい。毎月出るのかな?