「わたしの名前はキンジー・ミルホーン。カリフォルニア州でのライセンスを持った私立探偵である」と始まる自己紹介文が「おとといある人物を殺害し、その事実がいまも胸に重くのしかかっている」と続く。私立探偵が殺人? 意表をつく語り出しに、のっけから強烈に引き込まれる。
事件は、夫殺しの罪の刑期を終えて出所したばかりの妻ニッキ・ファイフの「真犯人を見つけてほしい」という依頼から始まる。殺されたローレンス・ファイフは女性関係が派手で女たちの恨みを買っていたという。すぐさまあぶり出されたのは、事件の裏に隠されていたもう1つの殺人事件。ローレンスの死の直後に1人の女が同じ手口で殺されていた。ローレンスと女は恋愛関係にあったのか。8年もの歳月に封印されていた事件の真相を追ってキンジーが動きだす。1つ1つ積み重ねられた証言をもとにキンジーの推理が真犯人を追い詰めていく。そこへ新たな殺人が…。
「私立探偵業は、わたしの生活のすべて」と言い切るキンジーは32歳独身。2度の離婚歴あり。私立探偵という危険な職業にもかかわらず、彼女はあくまでもしなやかである。とりたてて才気走ったところもなく、むしろ淡々と仕事をこなし、いたって平凡な女性に見える。拳銃さばきも自然で、女性が私立探偵をしているということを物語は強調しすぎない。1982年の作品にして、女性の社会進出などという課題はすんなり乗り越えられてしまっているところが、かえって心強い。強固なキャラクターに縛られないつくりは読者を選ばず、誰もが違和感なく入り込める推理劇となっている。(木村朗子)