自然と人間の共生の有るべき姿とは?
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とても印象的なエッセイ+写真集であった。写真の素晴らしさに加え、その奥にある撮影者の思いを知ることで、もっと深い感動を味わうことが出来た。原住民(インデアン)の創世神話ともいうべきワタリガラスの伝説を追い、朽ち果てていくトーテムポールに人間の文化と自然がとけ合うことの意味を感じ、鯨の骨の墓標を前に思いにふける。
特に心惹かれたのは、星野さんがクイーンシャーロット島の今朽ち果てようとする古いトーテムポールを見にいったエピソードである。このトーテムポールはインディアン・ハイダ族のものだった。19世紀終わり頃にヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘で7割の住人が死に、生き残った人々は村を捨てて別の場所に移り住んだという。だからその島には百年以上も前のハイダ族の村の跡がそのまま残っている。その古いトーテムポールがある神聖な場所をハイダ族の子孫は朽ち果ててゆくままにさせておきたいとし、強国の博物館が人類史にとって貴重なトーテムポールを収集し保存してゆこうとする圧力から、守ってきたというのである。
私は、この話にとても不思議な感動を覚えた。民博等で展示物を見るとき、抱いてきた違和感を説明してくれたように思ったからである。星野道夫さんは、撮影という行為を通して、自然と人間の共生の有るべき姿を追求していたのだろうか。もっと彼の本を読んでみたくなった。
もうひとつの時間
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南東アラスカを旅する中で、いつからか著者の心をとらえるようになったワタリガラスの伝説。
はなれた土地で生きる別の部族の人びとが、なぜよく似たワタリガラスの神話を語り伝えているのか。
さらに言えばわれわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
その大きな問いをひとつの軸に、印象的な写真ととぎすまされた文章でアラスカを切り取ってゆく、息をのむような美しい本。
「森と氷河と鯨」は1995年から「家庭画報」に連載され、予定回数をあと3回のこしたところで、突然の事件によって終了を余儀なくされた。
1996年8月8日、取材のために出かけたカムチャッカ半島で、就寝中のテントをヒグマに襲われ、星野道夫さんはその生涯を閉じる。
だからこの本は、アラスカの自然に魅了され、そこに住む人々を愛しつづけた著者の、最後の旅の記録でもある。
星野道夫さんの本をひらくと、いつも「もうひとつの世界」の気配をはっきりと感じる。
天国とか地獄とか、死後の世界ということとは少しちがう。
今、自分が呼吸して、足を着けて歩いているこの地面のつづきに、海をへだてて、鮭がのぼってくる川や、それを食べにやってくる大きなクマや、地鳴りのように移動するカリブーの巨大な群れがあるのだということ。
「時間」というものは何種類もあって、日常の自分はそのほんの一種類を生きているにすぎないのだと思うと、気持ちが空へ向かってひらけてゆくのを感じる。
どこへでも行けるし、何にでもなれる。心からのぞめば動物にだって、森の木にだって。だから自分はひとりではない。世界に抱かれている。そんなことを思う。
自然の壮大さ、神秘に感動
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写真家の星野さんが、その尊い命をかけて、いろんな人との出会いを通じて、ワタリガラスの伝説を求めて旅をするお話。
森には、魂が、不思議な力が宿っています。
「ボブは、現実の世界では見えにくい、不可解な世界の扉を少しずつぼくに開いていた。それは"ビジョン"と呼ばれる体験、すなわち霊的世界の存在だった。偶然の一致に意味を見出すか、それとも一笑に付すか、それは人間存在のもつ大切な何かに関わっていた。その大切な何かが、たましいというものだった。」
星野さんが撮られた数々の写真は、生命の素晴らしさを力強くそして静かに教えてくれます。
この本を読みながら、私も貴重な旅の体験をさせていただいたように思いました。
美しい記憶の壮大な物語
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大学時代に似たようなテーマの論文に取り組んだことのある私にとっては、彼がこの壮大な物語の最終章にたどり着く前にこの世を去ってしまったことが残念でならない。
きっと、文字にはなりきれないくらいのたくさんの美しいものを星野さんはその生涯で見てきていると思う。今となっては私たちはそれに思いを馳せることしかできない。
それでも、この本の美しさは、ぜひたくさんの人に手にとって欲しいと思わせるようなものだった。数々の星野さんの美しい写真が楽しめる秀作だと思う。話の内容もとても興味深い。
スピリチュアルな輝きに満ちた旅
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星野道夫の事実上の絶筆です。彼の生前の最後の旅が、素晴らしい写真と文で綴られています。映画「地球交響曲第3番」ともリンクする本書は、クリンギット族のボブ・サムと出会うところから始まります。口伝、ワタリガラスの神話、自然の中で感じる魂と土地の意味…。見えない物と見える物の価値観の違い。海を越えたアラスカで聞く、ワタリガラスの伝説。未修正のまま掲載された死の直前の日記は、写真の清冽さと相まって不思議に強烈な印象を残します。半分写真集とも言えるエッセイですが、まちがいなく、星野道夫の著作中最高の作品だと思います。