評価は価値観次第
★★★★★
本書は、故黒澤明監督が「七人の侍」のシナリオ執筆前に、自身で作品構想を練るために遺した大学ノート6冊分のメモ、あるいは絵コンテを、そのまま全頁カラーコピーしたものに、野上照代さんの、注釈という概念を超える親切丁寧で付加価値のある注釈と、当時の状況を知る数少ない証人、脚本家橋本忍氏との対談集を付属させたもの。
完全カラーコピーなので、分量の割に価格が高いのは事実。また、黒澤さんの試行錯誤そのものも記録されているので、乱暴に消した痕跡もののままであれば、荒れて判読に苦労するような字も当然そのまま(注釈があるので問題ないが)。
こう書くと、割高感ばかり募るだろうが、ポイントは、この大学ノートは、橋本氏や野上氏でさえ、監督生前には一切目にすることのできなかったものだということだ。監督が物故されたが故に、後世に残す趣旨でこうして出版されたということ自体、黒澤ファンには福音のごとき話ではある。それを、新ためて野上・橋本両氏の確かな見識で補完しながら、我が家で読める贅沢を感じる事が出来れば、この本、決して割高ではない。
特に圧巻なのは、登場人物の造形について箇条書きにされた部分。古今東西の文学・芸術作品から学んだと思われるエピソード、セリフなどが骨太の人物性格を具現化するかのごとく記されている。中には、「七人の侍」では不採用になったが、後の黒澤作品で日の目を見た設定やセリフまで見られるなど、興味が尽きない内容になっている。
黒澤ファンでも、初級の方々は、本書より前にあたるべき文献は他にあるかもしれないが、自他共に認めるコアなファン、あるいはシナリオライターや映画に仕事として関わっておられる方々には、堪えられない貴重な一冊になるろうと思う。
さて、もう一読して、映画をまた観ようか!