ミケランジェロの天井画の中で、神の怒りを受け、今にも大洪水に飲み込まれようという人々が、どうみても善良そうな顔つきの人々なのはなぜか。「モナ・リザ」のほほ笑み、そして不可解な背景は何をいわんとしているのか。デューラーの「メランコリア」に描かれている砂時計やコンパス、多面体、憂うつそうに考えごとをする人物はいったい何を表わしているのか。
絵画は、1人の天才の自己表現であると同時に、時代の価値観に影響を受けたり、反発したりと、表現者と鑑賞者の間の微妙な緊張関係の中で成り立つ芸術である。絵画の担った役割や、隠されたメッセージ、または作者でさえ意識していない世相の反映を、時代背景、アングルや色調などの様式、描かれているシンボルやしぐさの意味などを手がかりに探っていくのが美術史という学問である。
本書では、4つの世界的な名画の寓意的な図像にひそかに託された真の意味を、歴史、宗教、思想、政治、経済、心理など人の営みに関するあらゆる知識を総動員して、読者と共に探っていく。よき水先案内人である著者と共に、ミステリーツアーに参加する感じだ。「美術史」という学問のおもしろさに目覚めさせてくれる本である。
本著は千葉大の教養部で実際に行った講義をもとに書き下ろしたものである。「高校生、一般向けに」とあり、図版も多数挿入されていて(ただし白黒写真)わかりやすい。内容的にも著者のたゆみない研究の成果がさらりと紹介された質のいい入門書になっている。
研究意欲旺盛で骨太な学者魂を持ち合わせながら、これだけエンターテイメント感覚あふれる文章をもものにする人は珍しいのではないか。講義は常に人気で超満員というのもうなずける。(小野ヒデコ)
驚いたことには、美術史の講義はいつも立錐の余地もないほどの人気で、休講などをするとブーイングがでるくらいである。(筆者、はじめに)
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はじめにで、筆者は、美術史に対する教養部の学生が示す反応に触れている。「彼らのほとんどは高校で美術史などは学んでいないし、もちろん美術史は受験科目でもないから、彼らにとって美術史は、大学にはいってはじめて接する世界ということになる。(中略)彼らの話では、美術史の講義を大学の教養部で聴いて、はじめて美術がこんなにおもしろいものかと悟ったということである。それまでは、美術史などは縁のないもの、あるいはせいぜいひまな趣味人がやるものと思っていた学生が多くて、これには私のほうが驚いた。」
当該著書は、美術史入門書である。美術についてなにも知らない人たちに、著者が、実際に話しかけ、一緒に絵をみながら、美術史の基礎的な知識やひろがりやおもしろさを現場で語りかけていく、という講義のスタイルである。
美術は非言語的な「表現」であり、その解釈には三つの方法があるという。即ち、様式、次に個々の図像の主題と意味を解明する図像学、最後に人類の総合的な歴史の中に芸術の歴史を関連付ける図像解釈学である。
以下には、具体的に取り上げられた絵画と、その特徴を簡単に触れてみる。
(ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画)
偉大なミケランジェロの傑作だということを知らない人でも、この礼拝堂の天井いっぱいに展開する旧約聖書の世界の下にたつと、だれもが、身震いするほどの感動をおぼえる。
(レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」)
レオナルド・ダ・ヴィンチが「モナ・リザ」に隠した謎とは、ひとくちにいえば神のいない宇宙観です。もしもこのとき彼が自分の思っていることを言語でいっていたなら、彼は首がとんでいたでしょう。
(デューラーの「メランコリア1」)
この一枚の版画のために、多くの本、多くの論文が書かれました。でも、まだ意味の全貌は明らかになっていません。
(ジョルジョーネの「テンペスタ(嵐)」あるいは、「絵画の謎」)
最後の日に私が選んだ一枚の絵は、定説というものがない作品で、研究されつくしたはずのルネサンス美術のなかで、いまも最大の謎として残されているジョルジョーネの「テンペスタ」です。
ダ・ヴィンチ・コードに夢中なあたなへ
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「ダ・ヴィンチ・コード」を読んで、「絵画の謎とき」に夢中になった方に是非ともおすすめの一冊。美術史なんて知らないし、絵画云々なんて難しいのでは?。。。などと思うなかれ。本書を読むうちに、きっと様々な絵の中に込められたメッセージに夢中になられることでしょう。内容、文章ともに非常に読みやすく、小型本なので、電車の中でも手軽に読めます。
「謎とき」感覚で、まずはページをめくって見てください。読了後、きっともう一度読みたくなるはずです。そして、その先、もっともっと絵画の迷宮を探検したくなることでしょう。
美術を見ることは読むことでもある
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美術はイメージの具象化であった。しかし、その美を愛でるあまりにそのメッセージはないがしろにされて来た。この本にはそのイメージの読み方が説かれている、と同時に学問としての美術史のエッセンスに触れることができる。それは謎解きにも似て楽しい、が学問として行うのは厳しいのだろうと思わせてくれる。