Merrick (Vampire/Witches Chronicles)
価格: ¥641
ヴァンパイアが出歩くにはまさにうってつけなニューオリンズの闇夜、現れるのは、官能的で美しい酒豪のオクトルーン(訳注:黒人の血を8分の1有する混血児)、メリック・メイフェアだ。彼女の呪術は、最強のヴァンパイアをも、その不気味な調べに合わせて踊るマリオネットに変えてしまう。アン・ライスは新作『Merrick』の中に、かの有名な3つのキャラクター、ヴァンパイアのレスタト、ルイ、そして死んでしまったヴァンパイアの少女クラウディアを登場させた。「メイフェアの魔女」シリーズに吸血鬼たちが迎え入れられたのである。
毒牙と魔術の激突をもたらすのは、ルイだ。ライスの傑作『Interview with the Vampire(邦題:夜明けのヴァンパイア)』で、ルイはクラウディアをヴァンパイアに変えるが、彼女はその後殺されてしまう。本書でルイは、その償いをし、あの世からの導きを得ようと、彼女の霊を呼び出すことに躍起になる。(クラウディアは、血友病で亡くなったライスの娘によく似ている。ライス自身、1998年に糖尿病で昏睡状態に陥り、死の淵をさまようという体験をした。『Merrick』の執筆は、苦しい回復の過程にあったライスの創作力を一気に爆発させることになった)
ヴァンパイアのデイビッド・タルボットは、クラウディアの霊を呼び出してルイに罪の償いをさせるようメリックに頼むが、やがて彼女の魅力にとりつかれてしまう。多くのヴァンパイアと異なり、人間として70年間生きたタルボットは、人間に対する性的な反応が、依然として血への欲求と同じぐらい強いのである。そしてメリックは、魔術で男たちを虜にすることができた。タルボットは悩み苦しむ。メリックに手相を読んでもらったあと、彼はつぶやくのだった。「彼女をこの腕に抱きたかった。血を吸うためではない。そう、決して傷つけるためではない。ただ口づけをしたかった。私の牙を軽く当てて、彼女の血とその秘密をほんの少しだけ味わいたかったのだ。恐ろしいことだ。こんなことは決して許されない」
本書の真義は、感覚的で謎めいている。しかし作品全体は、ほとばしる創作意欲によって蘇ったライスの心情を反映するかのように、躍動感に満ちあふれている。物語はしばしば過去へフラッシュバックする。インディアナ・ジョーンズを彷彿させるグアテマラの洞窟をはじめ、ライスの他の作品に出てくるさまざまなシーンが登場する。ライスお墨付きのガイドブック、『The Vampire Companion(吸血鬼の手引き)』『The Witches' Companion(魔女の手引き)』と共に本書を読むのも一考だろう。
ライスの壮大な『ヴァンパイア・クロニクルズ』は、多くの作品を経て、やや新鮮みを失いつつあった。メリック・メイフェアの魔法は、まさに新しい血をもたらしたと言えるだろう。