能力主義の近代社会のむこうに新たな社会の姿を描くために
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この本を読んで、能力主義への批判とその対案を著者は考えているし考えてきていたのかと素朴に思った。著者は近代社会を能力主義を根本原則とする社会としてみなしている。そしてそのオルタナティブ(「簡単で別な姿の世界」と著者はいう)を提出している。と、いうことは、著者は近代ではない社会のあり方を提示するために物を書いてきたのだ。そのことが、本書を読んでようやくはっきりとわかった気がした。
著者は、自分の書いていることは障害者運動を含む運動のなかで言われてきたことでもあり、自分は「後衛」としてそれを一つ一つ考えているに過ぎないと述べているけれども、たぶんそれだけではない。原理だけでは世界や社会は作られていないから、具体化するためにさまざまなことを付け加えて考えなければいけないからだ。
能力主義へのオルタナティブとして著者が考えている方向性は、とりわけ障碍をめぐって端的に現れてくる、できるとかできないとかいう個々人の能力のちがいが、その人の境遇を決定的に規定してしまわない社会である。そして著者は、原理だけではなく手段(分配する対象や税の取り方など)についても、一歩一歩具体的にしていきつつある。でも、まだその世界は姿を完全に現してはいないように思われる。
著者の言っていることにわかりにくさがあるとすれば、それが我々も著者もまだ暮らしたことのない新たな世界(というか、近代社会のオルタナティブということであれば、それは「世界」ではなく、やはり「社会」ということになるのでは)について、あまり知られていない書き方で書いてあるからであるように思える。本書は、その姿がはっきり現れてくるまでの見取り図としても使うことができるだろう。
じつは「社会学的啓蒙」の書?
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〈人間の価値と,できる/できないは別〉〈ただ生きているだけでいい〉〈働ける人が働いて,必要な人が取ればいい〉……という著者の主張.そしてそれらの主張を根拠づけている〈私的所有を根拠づけている主張には論理的整合性も正当性もない(だからそんな主張を信じる必要はない)〉〈現状では,分配するための財が足りないというのはウソ(だからそれを口実に再分配を否定するのは誤り)〉……という著者の指摘.それらはじつに〈明快〉であるし,〈適切〉であるし,しかも一貫している.にもかかわらず,著者の書きもの,そして主張は〈わかりにくい〉ともっぱらの評判である.
本書は「よりみちパン!セ」シリーズの一冊である.そのせいかどうかはわからないが,著者による主張の明快さ・適切さ・一貫性はそのままだが,だいぶ〈わかりやすい〉文章となっている.文体はこれまでの著者の書きものとほとんど変わらない「まわりくどい」「ぐねぐねした」ままにもかかわらず,だ.ならば,著者の主張を〈わかりにくい〉ものにしてきたのは,けっして著者の文章・文体ではない,ということになる.
本書を一読すれば,著者の主張をわかりにくいものとしてきたのは,われわれにとって相対化できない,しかし実際のところ複数あるうちの一つでしかない〈世界のあたりまえの姿〉なのだということがわかる.そして,そんなものを信じる必要もなければ,別様の世の中のあり方を,構想し作りあげることが可能であることも,わかる.
その意味で本書は,すぐれて「社会学的啓蒙」の書だといえる(著者や,著者のファンがどのように考えているのかは,わからないが).