「蜃気楼に手を振るとあちらの世界に連れて行かれる」という言い伝えの通り、こっそり手を振った三つ子の長兄はその数日後に事故死。それから30年近く後、自堕落な次兄文彰と早発性痴呆の母を抱える末子の満彦は、帰り道にバイクの事故現場で3000万円という大金を拾う。目撃者はいない。この金で母を劣悪なケアハウスから救い出せる・・・。その上満彦は、柄にもなく金を警察に届けると言い出した文彰をはずみで殺してしまう。死体さえ隠せば自分と3000万円の接点は何もないはずだった・・・
満彦が一夜にして犯罪者になってしまってからは、中篇らしくテンポよく物語が進み、これまでの作品にはなかったサスペンス色も盛り込んで一気に読ませる。不幸にも偶然に偶然が重なり、捜査の手は思わぬところから満彦を捉える。一瞬の出来心からあれよあれよと転落する真面目男の悲哀が全体を染め、何ともやるせない。悪い動機ではないだけにちょっとかわいそう。全てが明らかになる瞬間は、犯罪推理小説ゆえに、「謎解き」というよりは「オチ」と言った方がいい。(※クイーンの『最後の一撃』をさらに大掛かりにした感じ。)うーん、これは、こういった形の中篇にしか使えないかな、というオチ。
有栖川作品としてはちょっと変わっているが、これはこれでよく出来ている異色作。