著者らは病気の原因として、防御、感染、新しい環境、遺伝子、設計上の妥協、進化の遺産の6つを挙げている。そして、それぞれのカテゴリーの中で、病理は真価を認められないある種の利益と関係しているという例を紹介している。人間にとって病気は憎むべき存在だという思い込みが、根底から覆されるような考え方である。
たとえば、防御について言えば、色白の人が重度の肺炎にかかると、顔色がくすみ、ひどい咳をするだろう。この場合、くすみは欠陥があることの表れであり、咳は防御の表れである。欠陥を治すことは有益であるが、防御を妨げて、排除してしまうと、大変なことになる可能性がある。しかし、実際の医療の現場はまさに、防御を妨げるような治療法が行われているのである。我々の体は長い時間をかけて、種の繁栄に有利なように進化してきていて、さまざまな肉体の現象は、どれもこの目的を果たす上で有効なのである。
医学を進化の視点で見ることは、病気の進化的起源を理解するのに役立ち、その知識は医学本来の目標を達成するのに大いに役立つ、と著者らは自信をもっている。そして、我々は本書を手にすることによって、彼らの自信に間違いがないことを知るだろう。(冴木なお)
基本的に医学は病気を治療するための学問領域であり,そこでは当然ながらどういう仕組みで病気になるのかの(進化生物学で言う)至近因の分析が重要である.しかしでは何故そのような状況が進化してきたのかの究極因を考えることにより病気とは何であるのかがより深く理解できることになる.
最初に読んだときは本当に驚きの連続であった.おそらくほとんどの人にとっては今でもなじみの薄い分野であると思われる.しかしこの本は病気とは何かについての固定観念をひっくり返してくれる衝撃的な本である.
たとえば蚊に刺されると痒くなるのはもちろん蚊の唾液による化学反応のためであるが,では何故そういう反応を起こすような遺伝的な体質が進化したのか?おそらく蚊に刺されても痒くないヒトは蚊を追い払おうとせずより多く蚊に刺され,より伝染性の病気にかかりやすかったのではないだろうかというような議論が典型例である.
狩猟採集生活上ではほとんどの食物が食べられまいと進化した生物毒で防衛されていたはずだというのも言われてみれば納得.また病気の症状は病原体かホストかどちら側の適応であるのかを良く調べる必要がある,たとえば病気で熱が出るのも病原体を殺すための身体反応である可能性があるというのも普段あまり触れない考え方である.
訳も大変良い.是非一読をお勧めする.また原著の推薦コメントにあるように、もう一冊買って自分のホームドクターにも読んで欲しいと真剣に考えてしまう本である.