根っからのスティーリー・ダンのファン(私自身を含む)から見ると、ベッカーとフェイゲンは、もう随分昔にロックから離れ、50年代のジャズやR&Bの世界に傾倒されている。彼らの歌詞は暗く重くなり、独特の世界観に満ちあふれ、若者文化や自らをほめたたえるロックの世界とは一線を画していることは間違いない。フェイゲンは、短く刈り込んだ髪にいかめしいヒゲをたくわえた容ぼうに、色つきのメガネをかけた男。よく見える糸切り歯は青白く、さしずめ吸血鬼風レイ・チャールズといったところだ。キーボードをかき鳴らし、甘くささやくように危険な歌詞を口ずさむ。一方、銀縁のメガネをかけたパートナーは、クラヴィコードの代わりにギターを握り締めたフランツ・シューベルトのよう。インタビューで聞くことのできる彼の素っ気なく皮肉めいた言葉には、学者風のイメージを強くするだろう。2人で書かれた楽曲でもベッカーの色が目立っているように、歌詞の中に見られる二人称の世界観から想像するだけでは、イメージを誤って読み取ることになるかもしれない。
彼らを代表するのは、キャリアの後半に作られたアルバムに収められた楽曲。メンバーが少なくなり、ジャズのアクセントをつけた音をスタジオの中で実験的に作り出していた時代だ。新しく発表されたアルバム『トゥ・アゲインスト・ネイチャー』には、優美、誘惑、ドラッグなどあらゆるものを取り込んだ曲が収録されている。細微に至るまで気を配ってレコーディングおよびミックスされたパフォーマンス。映像の編集も素晴らしいが、監督のアール・セバスチャンを殴りたいほど傾いたカメラアングルもある。さて、それでは次の作品まで、また新たな19年間を待つとしようか。(Sam Sutherland, Amazon.com)
んで作られた音楽は素晴らしかったが、Gauchoでの行き詰まりは明らか
だった。以降の長い休眠を経て、94年にツアーを開始、95年にはライヴ
アルバム"Alive in Amrica"を発表して復活したが、まだ必然性も感じ
られず、何か迷いのようなものを感じた。
それがどうだ。ここにいるSteely Danは生のホーンセクションとバッ
クコーラスを従えた完全に現役のバンドとして完全復活、というかまた
別の21世紀型Steely Danとして生まれ変わったかのようだ。
スタジオに限られた招待客だけを入れ、緊張感溢れるオーガニックな
演奏を繰り広げるBeckerとFagen。カメラワークも凝っていてほんと
格好いい。曲間に挟み込まれたインタビュー等も彼らのとぼけたユーモア
やアイロニーを感じさせてくれる。大人のための一枚、ですな。
以前にテレビで放送されていた内容とまったく同じなのですが、
5.1ch、DVDという点からも一度見たことのある人でも買って損はないと思いますよ。
レビューでカメラアングルが斜めでどうのこうの言ってますが、僕にはそういう風にはとれません。
ライティングといい、カメラアングルといい、日本人の感性にはないかっこよさを感じます。
バンドの演奏もいいですよ。ミスのない、スティーリー・ダン的(?)なムード。
そして淡々とした曲の中にあるノリの良さ。キメどころの的確さがすばらしいです。
スティーリー・ダンのが好きな方なら、このライブをぜひぜひぜひ見て欲しいです。