ヨーロッパという現象に対する無意識と意識の意識化
★★★★☆
くらくらするほど情報量が膨大で、一読した限りでは記憶に収まらない。硬質で、格式のある文体。包括的で網羅的。著者の連想は自由に広がり、読者の教養を試される。
本文は、詳細を省いて、地理上のヨーロッパを中心に、古代ギリシャからの歴史をひもとく。注が充実しており、詳細はそちらにゆだねられる。
1970年代のコンテクストの上に書いたと著者が後書きしているが、権威や権力への敏感さ、ナショナリズムを見据えるまなざしの強さに驚いた。
精神医学史であると同時に、精神医学という視座から照射された背景、すなわち、ヨーロッパ思想史や宗教史であり、政治史として読むことにも充分に耐える。
社会の病気の発見、病者の社会からの疎外を語るためには、社会を語らざるをえない。
日本の西欧化過程における近代的自我の追求と挫折への叙述も非常に興味深い。キリスト教はいかに個我の相対的無力を滅殺してきたのか、他の宗教との比較を通じて抽出される。
歴史を読むことは、自らの常識を疑うことに通じる。文化を知ることは、自らを相対化する営みになる。その作業が寛容の素地を作り、共感を独善から掬う基盤をなすのではないだろうか。
精神医学への理解を深めるためよりも、ヨーロッパもしくはキリスト教世界という背景への理解を深めるために、勧めたい。
イギリス産業革命を先導した経済国家とは?
★★★★☆
『西欧精神医学背景史』では、イギリスの産業革命に先立って、大航海時代以後のオランダにおける「植物革命」や「学問革命」が成立した点に着目し、ヨーロッパの学問蓄積の起源をオランダに求めた点が大きい。従来の経済学では、アダム・スミスやデヴィッド・リカードがイギリスで著書を出版した経緯から、イギリスでの学問起源を強調してきたが、スミスはオランダへ留学しており、リカードも父親がオランダの銀行の上層部で勤務した影響を大きく受けている。また、徳川幕府の鎖国政策においても貿易を許された国がオランダであった点を想起されたい。
精神医学の歴史を学ぶためだけではなく
★★★★★
この本は、精神医学の発展だけではなく、多様な社会的・歴史的要因が絡み合っていく様子を、独特の文体で解きほぐして行ってくれる。決して易しい本ではないので、読み解くには広範な知識を要する。科学史や哲学史といった他分野を参照してみるのも手だろう。また、このなかの一文から一分野に導かれるというのも悪くない。読み方、使い方次第では視野を大きく広げてくれる本である。また、あとがきに書かれているように、筆者のヨーロッパへの態度は独特なものがあり、私は、この部分を読んで、正直感動した。