見事な歴史小説になっている
★★★★☆
主人公は藤田傳三郎。
商人でありながら、奇兵隊の一人として幕末維新を駆け抜けた男。
というよりは、のちに大財閥・藤田組を一代で築き上げ明治の経済界を牽引した男である。
実際の傳三郎には、財閥を軌道に乗せるまでの行動に語られていない部分が多い。
その傳三郎の半生を、彼が巻き込まれた明治初期の大経済事件である「藤田組贋札事件」を主軸に、
幼馴染の宇三郎の友情と対立を横軸に描いだ力作。
導入部からぐいぐいと引きずり込まれる。
偽札事件の容疑者として逮捕された傳三郎の回想は、高杉晋作たちと攘夷を目指した時代に飛ぶ。
久坂玄随、井上馨、山県有朋などの人物と絡みながら、幕末維新から明治初期まで二人の行動を描く。
そして史実で未解明な部分を著者が得意の推理で明確にする。
友情と憎悪の結末、最後に明かされる意外な偽札事件の真相。
ミステリー作家らしい、歴史の謎解きの快感に満ち溢れ、同時に見事な人間ドラマとなった小説である。
著者にはもっと歴史小説を書いてほしかった、何回読んでもそう思わずにはいられない。
北森鴻の歴史小説
★★★★★
私にとっては北森鴻さんでは初めて読む歴史小説?でした。今まで北森作品ではミステリーばかり読んでいましたので。いや、これからは是非このジャンルの作品も書いていって頂きたいです。なかないの作品だと思います。
元々私は維新前後の歴史小説、時代小説には結構興味があり、それなりに読んできましたが、北森作品はなかない良いと思いました。最後部分は枚数の加減なんでしょうか、些か急がれているような気もしないではないですが…。
でも、いつも考えさせられるのですが、維新成ってからの政治家は、何故か急に魅力がなくなりますね。清廉さを失っていくようで。理想と現実の硲で、美しく生きることはやはり難しいということなのでしょうか?
今まで藤田グループは知ってはいても、創始者については余り深く考えたことはなかったですが、例え小説なりにでも知ることが出来て、ちょっと嬉しい気分です。
しかし、今までも井上馨って余り好きな人物じゃなかったけど、益々嫌いになりそう…。人を利用しようとする人間って嫌なんですよね…。でもいつも余り良く書かれない井上馨って、ある意味不思議な人物です。
残された久作のことが気になります。
今後の北森さんの活躍の方向に是非時代物も書いて頂きたいです。勿論ミステリー仕立てなら尚嬉しい。
これからトンボを見るたびに、宇三郎と傳三郎のことを思い出しそうです。
価値観が我が儘だった時代
★★★★☆
江戸から明治へと時代が移り変わったとき、正しいことよりも権力者が正義となった時代だった。価値観は我が儘なままだったのだ。したいことを出来る力を持ち得たモノが、正義を振りかざしたのだろう。
開国前後を描いているのに、勝海舟が登場しないままで十分に書ききる才能には脱帽だ。お上よりも、民衆の中の方が大変だった時代なのだ。
裏切り
★★★☆☆
2001年に出た単行本の文庫化。
ミステリ作家の北森氏が時代小説に挑戦したもの。正直に感想を言えば、失敗だったのではないかと思う。
なにより、人物に魅力がない(これは氏のミステリの多くにも言えることだが)。主人公である「とんぼ」には惹き付けるものがなく、また、その性格の変化も唐突すぎて付いていけない。
また、氏の持ち味である緊迫感ある文章が、本書では感じられなかった。
厚いだけで内容のない一冊だった。
幕末・明治を描く上質な歴史小説。あくまで、歴史小説。
★★★☆☆
幕末から明治にかけて活躍した、政商藤田傳三郎の生涯を描く歴史小説。傳三郎とともに生きた「トンボ」こと宇三郎との相克を通して描かれる、幕末・明治という時代。藤田組贋札事件を素材に、人の、そして時代の「光」と「影」を見つめる。
明治の実際の事件、藤田組贋札事件を素材にした歴史小説。そこに自由な推理の翼を広げる。明治期に活躍した人々が一個の個人として、躍動感を持って動き出す。
そんな中でトンボの思った「食われてしもうたんじゃ」という言葉は、作品全体を象徴するようでとても面白い。
光と影が幾重にも重なり合い、それぞれの人間模様を照らし出す。