『午後の曳航』の英訳。「世界はいくつかの単純な記号と決定で出来上がっている」と確信する13歳の少年、登。船乗りの竜二を英雄としてあがめていた彼は、母親と竜二の情事の現場を目撃し、憧憬はやがて殺意へと変わっていく。未亡人と船乗りの典型的なメロドラマ調の物語。それが、悪魔的な少年の冷徹な視線を通して解体されていく過程を、三島由紀夫は幾何学的な心理劇の中に描き出している。
母親の裸身をのぞき見し、父親になろうとする船乗りに殺意を抱く少年は、エディプスの亜流のような存在である。そして物語が類型から逃れるためには、竜二が父親になる寸前に殺さねばならない。少年と竜二のスリリングな関係は、とりもなおさず、三島と文学、三島と現実とのかかわり方を投影することになる。自らの肉体を媒介として文学と現実を結ぼうとしていた三島由紀夫の、これがひとつの到達点である。1963年に出版され、76年にはイギリスで映画化もされている。（三木秀則）