「紛争と民主主義」研究の最前線
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本書は、最底辺の国々(The Bottom Billion)においてなぜ民主主義が機能しないのか、機能させるにはどうしたらよいかについての書です。これを分析するため、これらの国々に蔓延する政治的動機に基づく暴力(反乱、クーデタ等)についても考察しています。残念ながら現時点では邦訳はありません。
著者の提案する処方箋は、(ほんの少しの国際的なコミットメントと)クーデタの脅威をもって最底辺の国々を律しようというものです。まず最底辺の国々に対し、国際的な基準を満たす選挙を行うことを提案します。アメとして、もしそのようなコミットメントを行った政府がクーデタによって追放されるようなことがあれば、世界の主要国が軍事力を行使してでもそれを阻止すると確約する一方、同国がそのような選挙を行わなければ、ムチとしてそのクーデタ阻止という確約を撤回する、という条件を提示します。常に非難されるべきものと捉えられていたクーデタを、好ましい結果を生むこともありうる政治的な暴力として捉え、これを利用しようという逆転の発想です。賛成するにせよ反対するにせよ興味深い提案です
本書は、紛争と平和に関する知識を作り出す仕事の最前線に読者を連れだし、新しい発見をする喜びを追体験させてくれます。研究にあたって直面した様々な問題(必要なデータがない、因果関係の証明等)と、それをいかに切り抜けたかについての記述もとても面白いです。
本書には研究によって見出された興味深いデータがいくつも紹介されています。平均して開発援助の約11%が軍事予算になっていること(いわゆるファンジビリティの話)とか、一人当たり一日約7ドルの収入レベルを境に、それ以下の国では民主主義の導入によって政治的な暴力が増加して危険度が高まり、それ以上の国では危険度が低下してより安全になる等です。また、最底辺の国々に見られる、一つの国にあまりにも多くの民族がいるという国民国家形成上マイナスの特徴への対処、及び、公共財を効率的に供給するには国土があまりに小さすぎるというマイナスの特徴への対処という観点から、アフリカ大陸の国々54カ国を、概念上7つの国にまとめることができたという研究途中の成果も興味深いです。
破綻国家において民主的な選挙を実施して、人々が投票を通じて意思表明をすることができるようにすれば人々は暴力に訴えることがなくなる、と一般に信じられていますが、それは幻想に過ぎず、(選挙自体は本来良いものですが)これらの国々で行われているような不完全な選挙が実施されると、かえって経済政策やガバナンスの改革が遅れ、社会が分極化して政治的暴力が生じやすくなる傾向があるとの研究成果等大変面白く、破綻国家における選挙について考えを深めたい方には特にお勧めです。
前著『The Bottom Billion』(邦訳:最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?)では公開されなかった「最底辺の10億人が住む国々」の国名リストが本書では公開されている点も特筆に価します。
蛇足ですが、本書中、日本人研究者の研究成果がでてくるところ(p.65)も(非合理的な話ですが)同じ日本人としては少し嬉しかったです。