本書はソシュールの講義を一番的確にまとめていたといわれるコンスタンタンのノートを元に再現したものです。
他の方も指摘されているように、訳文がこなれていて明快です。
しかし、ある程度の予備知識がないと途中でつまずいてしまうかもしれません。予め新書か入門書でソシュールのおおまかな考えについて知っておくと良いでしょう。
ソシュール以後言語学は著しく発展しましたが、言語とは何か、言語をどう分析するかを考える上で今なお本書は有益です。

ソシュールによる言語学については、確かに根本的示唆を含むものの現在において“非常に有効”か、というと既に、であろう。その他雑多な現代言語学の入門書を読めば既にソシュールは超えられてしまったものであろうと感じる。
だがしかし、この書ははたして言語学という領域において理解されるべきものではない。ソシュールが構造主義の創始だということは言うまでもないが、この本にはその構造主義の根本的あり方が明快な訳によって示されている。言語学そのものへの理解ではなく、構造主義への理解を求めて読むならば名著であろう。
あまりに教科書然とした、システマティックな段落構成、文章表現の書物に飽きた人々には、この口語訳、恣意的かつ現実的な章だては目新しく、新鮮味のあるものであろう。しかしその点ばかりに注目して名著と呼ぶのは軽々しい気がする。私としては、構造主義というポイントについてうまく押さえられている点を評価したい。

本書は、ソシュールの著作の中では日本一の名訳だと断言できる。そして何よりソシュールを今から読もうとする初学者に最適な入門書ともいえる。これは石田英敬さんの解題を読むまでもなく、第1部を読みおえた段階で感じる。石田さんの指摘でもあるが、ソシュール先生が目の前に立って講義をしてくれているような口調で訳されており、講義を精確に復元することで、ソシュール言語学の原点を開示している。読者が大変親しみやすくソシュールの言わんとすることが直截に伝わって来る。やはり大碩学というのは、講義も上手いというのを実証された訳となっている。翻訳書でこれほどまでの感動を覚える学術書というのは久しぶりである。非常に丁寧に推敲されたためか、第1部の文章速度は第2部に較べてゆっくりだが、その速度の遅さがソシュール学の基盤を平明かつ平易に理解させる下地で、碩学の心配りを感じる。さらにこうした原著者の配慮を翻訳に細心の反映をした本書は、翻訳を担当する人々への鑑でもある。