貴重な分野を扱っています。
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「ギリシア思想とアラビア文化」という題名だが、実際には、副題の「初期イスラム帝国朝の翻訳運動」に、「ギリシア書籍とササン朝思想の解説を加えたもの」という方が正確なのではないかと思う。ウマイヤ朝時代から、アッバース朝第 7代マームーンに至る150年間ほどの間の、書籍の翻訳活動について、動機、対象書籍、翻訳を担った人々などを詳細に分析している。
例をあげると、ウマイヤ時代は、役人層も住民もギリシャ語をもちいていたため、主として行政上の必要からギリシャ文献の翻訳が行われた。アッバース朝時代になると、アッバース革命の原動力となったイラン人を巡撫する必要性からササン朝社会で力を持っていた占星術関連著作が翻訳され、さらに後代、イスラム内での宗派論争が発生してくると、ギリシャの弁論術をあつかった書物が翻訳された。翻訳活動がひとおおり終了すると、先進文化を自家薬籠中のものとしてイスラム帝国内での著作活動が幅広く展開されるようになる。
このように、ギリシア文化とササン朝文化が、イスラム帝国に、どのような形で取り込まれていった、という政策とその背景、具体的な翻訳活動と、どのような書籍が選ばれたか、という背景、更には、対象文化の内容についても描かれてる。取り込まれた対象と、取り込む側の事情の双方が理解できる。
日本では、ウマイヤ朝もアッバス朝もひとくくりに扱われる程度だが、初期アッバース朝を、支配者の代毎の政策を詳細に扱った書物は殆どない。このような分野を扱った書籍は、日本ではあまり目にすることがなく、その意味で大変貴重である。今後このような書籍がもっと出版されて欲しい。ササン朝に関心のある方にもお奨め。