「However corrupt you think the industry is, it's worse」
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「米国金融インフラそのものに対して『空売り』という勝負に挑んで勝った男たち」というテーマでは類似本が既に先行しています(『The Greatest Trade Ever』)。さあ、どうする、マイケル・ルイス…なんですが、導入から最終章まで、見事な語り部ぶりでした。
債券市場ましてや抵当債券市場ではシロートに近い若きヘッジファンドマネージャーたちを案内役に展開する様が秀逸。大投資銀行からは歯牙にもかけられない存在である彼らは、不思議の国のアリスの役割も果たしてくれます。そういえば、「株式市場と違って債券市場は(活発な市場がある政府債でもない限り)値段が分からない」という基本中の基本を前もって素人読者に教えてくれる著者さんに私は感動しました(まずこの事実を読者に言ってくれた金融危機本があったろうか?この著者が初めてかもしれない!)。やがて「the big short」に辿り着く彼らが抵当債券市場という暗闇を一歩一歩苦労を重ねて踏みしめながら、「米国金融インフラの詐欺性」にいちいち目を剥いていく過程が実に具体的で金融スリラーのような趣があります。CDOの存在に仰天し、その中にCDSが仕込まれていることに腰を抜かしと。彼らは初めて世界を発見する子供のようでもあります。「この世界はこんなにも腐敗していたのだ!」と。
誰も読まないような怪物証券のプロスペクタスを何年も一人で読み続けたマイケル・ベリー。ウォールストリートをゴッサムシティに見立て、自分はバットマンになってやる!と義憤に燃え続けたスティーブ・アイズマンetc。登場人物たちは『The Greatest Trade Ever』のジョーン・ポールソンよりも気質的にも実際的にもさらにアウトサイダー的であり、正直、人間としても彼らの方が面白い。最終章ではJohn Gutfreundとの二十年ぶりの邂逅場面が登場します。八十年代のウォールストリートには「My word is my bond」的な金融マンの矜持がまだ幾ばくかはあったのだ、と語る著者のノスタルジアが不思議と胸を打ちました。
Against All the Odds
★★★★★
『ライアーズ・ポーカー』(原著1990)でスターになったマイケル・ルイスの20年後の新作。この20年間、彼の知るウォール・ストリートが幕引きになることを待っていた筆者が、投資銀行を絶滅させた2010年の世界危機に際して、サブプライム・ローンの破綻(The Big Short)に賭けて大儲けをした人々のライフ・ストーリーをたどったノン・フィクション。
スティーブ・エイスマンと仲間たち、マイク・バリー、そしてチャーリー・レドレーと仲間たちは、それぞれに「奇妙な(odd)」人々であったことが明らかにされる。そして、彼らのように合理的かつ正しい推論を行い、行動に移し、自分の推論を検討し続け、そして正しい限り信じ続け、行動し続けることがいかに大変な、そして奇妙なことか我々は本書から知ることになる。ジリアン・テット『愚者の黄金(Fool's Gold)』によって、いかにCDSやCDOが造られたかを知った人々は、本書によって、それがいかに「正しく」使われたかを知ることができよう。
『ライアーズ・ポーカー』は、筆者の期待に反して、世界の若者たちにとってウォール・ストリートのマニュアルになってしまった。本書は、若者にいかに読まれるだろうか。Are we Eisman, Burry, or Ledley man through and through?