テロリストにもあくまで対話による説得の可能性を信じつづける事務総長は、アメリカの強行作戦を「野蛮」と非難する。人質を救出するという結果の問題ではない、方法の問題である、と。
劇中に登場するソルジェニーツィンの言葉が、印象的だ。
「客観的な法の基準を持たない社会は悲惨だが、法以外に判断の基準をもたない社会も悲惨である」
良いテロリストがいるわけもないが、いつのまにか金だけち̧ۮ的の無法集団になる。いつもの十分な対抗手段を準備して目には目をの手段を採ることができない。賢い利発な娘ならどういう行動をとるか。いてもたってもいられない状況である。非暴力人道主義は武力の前に直ぐには役に立たないというアメリカ人(著者の)のパワーポリティクス観がみられておもしろい。そのために国連事務総長をインド人女性にして人道主義を語らせている。こんな事態が東京で発生したらどうなるか。やはり日本では書けないアメリカならではの小説と思う。日本人としては、国連の広島ショウーの解釈に残念なものを感じるが、ただ、一度は国連ビルの中を見ておきたいものである。 "These children had created a father" 娘を助け、難に巻き込まれなかった息子のところに帰ってのフッドの思いである。妻との関係の修復はテロリストに立ち向かうよりも難しい。いずれフッド夫妻の離婚を予感させる。おそらく次巻で…。