人間形成のアポリアは歴史学のアポリアか?
★★★☆☆
「本書の目的は、おもに第二次世界大戦後の日本におけるヨーロッパ近代社会史研究をふりかえりながら、
アポリア[難問]と直面せざるをえない歴史家のしごとについて私なりの考え方を示すことにある。
歴史化のしごとは、これまで何だったのだろうか。今は何なのだろうか。これからは何でなければならないのだろうか。
こういった問題を、私なりに考えてみたい」(p.3)
歴史学に従事している人間ならばおそらく一度はこうした問題を考えたことがあろう
著者はこの問題について、自身の関心であるヨーロッパ近代社会史研究からアプローチしている。
比較経済史学派によって提示された「人間形成のアポリア」は未だ解決されていない。
そして、「人間形成」という問題がアクチュアルな問題であるだけに、
「人間形成のアポリア」に取り組むことに、歴史学の今日的意義を見出そうとしている。
しかし、著者が分析概念としている「人間形成のアポリア」が、
本書の中で一貫した、固定化された概念であるかどうかに、非常に疑問を覚えた。
それは、本書が、歴史学の方法のレクチャーにおいて、分析概念をめぐる混乱が、
議論のすれ違いや論争を生む原因となりうることを指摘しているだけになおのことである。
また、個別の議論についても疑問を禁じえない点がいくつか散見され、
個人的には消化不良の感が否めなかった。(特に122ページ以降のアイデンティティ形成論)
あと、論旨としては整理されていてわかりやすいのだが、個々の論者の主張などが極端に省かれているため、わかりにくい点がかなり多かった。
だがそれは、本書を執筆する著者の意図や、歴史学へ向かう姿勢を減じるものではない。
いろいろと考えさせてくれる本である。
誠実な歴史学
★★★★★
この著者の、『歴史学って何だ』という新書を読んで、ずいぶんと、自分の学問が存在する理由と根拠にこだわる、おもしろい人だなあ、と思い、彼のバックボーンを知りたくて、この本を開いてみた。それほど難解ではないが、ごく専門的なので、読みとおすのには苦労したが、それだけの価値は十分にあった。
「人間形成」をめぐり役に立つ学問として、「歴史学」をとらえる著者の姿勢が、とてもいい感じだ、と思った。戦後の、ヨーロッパ社会経済史の学説史をふりかえりながら、今、そしてこれからの私たちの社会にとって、歴史学の意義とは何か、歴史学はどうあるべきかを、すごくまじめに考えていく。その思考の積み重ねの過程は、ただひたすら自分の「研究」に没頭している学者さんたちから見れば、少し野暮ったいのかもしれない。けれど、私のような部外者からみると、とても誠実な印象をうける。だから、著者の考え方だけでなく、歴史学についても、好感がもてるようになった。