著者の長谷部浩は、演劇評論家としてさまざまなジャンルの劇評を手がけている。この本は、1999年の「リチャード3世」の稽古場での取材から始まり、演出作品を軸にした2年半以上にわたるインタビューの集大成となっている。その多くは、稽古時だけではなく、開幕してからの話も追加しているという。さらに、この数年の間に再演されることがなかった戯曲「王女メディア」や「ロミオとジュリエット」なども取り上げられており、蜷川の仕事の全貌が見える。
このインタビュー集の特徴は、蜷川の演出における信念や理論が明らかになっているだけではなく、蜷川自身の挫折や絶望が演出に与えた影響などといった、過去の傷を蒸し返すような内容までもが語られている点にある。全編を読み通すと、蜷川自身が語っている「現代人劇場や櫻社の解散のときに受けたトラウマに、すべてが引っかかっている」さまが、しんしんと伝わってくる。読者が、蜷川の話を直接聞いて心の引っかかりを共有しているような気分になれるのは、インタビュアーである長谷部浩の力量によるところが大きいといえるだろう。特に60年代から70年代の、商業演劇に向かう前の蜷川幸雄を知らず、「世界のニナガワ」と呼ばれるようになってからの蜷川の演出作品しか知らない世代にとって、彼がどんな挫折を味わい、どんなスランプに陥ってきたかを追体験することは、今後の演出作品を見守っていくにあたり、決して無駄なことではないはずだ。(朝倉真弓)