新訳にしては弱い
★★★☆☆
20年くらい前に中央公論社の文芸雑誌「海」(一番冒険的な文芸誌だったんで復刊が望まれる)に訳出掲載されたバージョンの方が、この小さな訳本よりも面白かった。20年の歳月を経た今、バルトについて新しい知識が容易に手に入るにようになったが、この訳本は20年前の初訳の苦労がない分だけ、格段に良い訳になっているのかというと、どうも大いに疑問だ。そもそも新訳は旧訳よりも飛躍的に良くなっていなければ、新しく訳し直す意味はない。この本の新しい訳者は既訳があるので、お気楽ご気楽気分で新訳に取り組めただろうが、バルトを同時代的に読みこなそうとしていた20年前の訳者のイキイキとした気概がまったく見られないし、現代的視点からバルトのこの論争の書の意味を再考しようという意欲もほとんど見られない。いったい初訳から約20年間、フランス文学者たちは一体何をやっていたのか?