そんな彼が愛を寄せるエイダ自身もまた、問題を抱えている。彼女はチャールストンの上流社会で育てられるが、牧師である父親の療養のため、父親と共にコールド山の奥深くにやってきた。父親が亡くなった後もエイダはその地にとどまる。インマンを待つためでもあるが、都会ではなくノースカロライナのブルーリッジにこそ自分の居場所がある、という天命を感じたためでもある。
 『Cold Mountain』では2つの旅が同時進行で描かれている。アメリカの雄大な自然を歩いて横断するインマンの苦難に満ちた旅と、自分自身を見つめるエイダの心の旅。この小説を傑作たらしめているのは、2人の旅の背景を深部に迫って細かく描き込んでいる点である。全体のストーリーは家族の物語の上に成り立っているが、インマンとエイダの人格描写を通して描かれる叙事詩を思わせるようなそれぞれの物語には、著者の心からの敬意が感じられる。決して派手ではない。しかし、驚嘆すべき作品である。