「死体はいまや毎週のように発見されている。殺戮がもっとも激しかったのは88年と89年。しかしもちろん、それはずっと以前から起こっていたことだ。あらゆる組織が殺戮を行い、証拠を隠滅した。あらゆる立場の組織が。これは非公式な戦争である。だれも敵を明らかにしたくはないのだ。だから秘密部隊が動く。ここは中央アメリカとは違っていた。殺人を行っているのは政府だけではないのだ」
そのような状況下では、いったい誰を信じたらよのか?アニルにはサラス・ディヤセナというスリランカ人の考古学者の同僚がいるが、彼を取り巻く政治的背景もまた、闇に包まれていた。2人は協力して、政府絡みの殺人の証拠を追う。がい骨となった死体の1つを「セーラー」と名づけ、その死を巡る数々の事件を調査していく。しかし調査が進むにつれ、アニルはしだいに政治と妄想と悲劇の罠に陥っていくのだった。
前作同様、物語は戦時下では常にある、個人と政治とが交錯する領域を描出している。しかし今回、そのスタイルはより直接的で、詩的叙情性は抑えられている。頻繁な時間の移動や、ほとんど幻想的でさえあるイメージ描写、登場人物の過去が徐々に現在と結びついていく手法など、オンダーチェ文学の特徴の多くはここでも健在だが、文体はより読みやすいものになっている。これは、著者が自らの詩人としての特質を忘れたということではない。創造力を喚起する巧妙な描写はいたるところにある。たとえば、1日の終わりに水の中にたたずむアニルの姿。「白い花びらに爪先をうずめ、その日のできごとや事件を一枚一枚脱ぎ捨てながら、彼女は腕を組む。それらを自分の中から追い出すように」。『Anil's Ghost』でマイケル・オンダーチェは、内戦における大量殺戮を残酷なまでに徹底追究しつつ、同時に人間としてのアイデンティティー、忠誠、過去が現在に投げかける濃い影などについて静かに深く考察している。