現代素粒子論がひととおりわかる一般解説書
★★★★★
素粒子についての一般解説書としては、現在、もっとも新しくて詳しい本の1つです。
量子力学の黎明期からときおこし、場の量子論をへたうえで、素粒子標準モデルができあがるまでの過程、さらには、2008年秋に稼働をはじめた大型ハドロン衝突型加速器 (LHC) による、ヒッグス粒子や超対称粒子の検出実験までを視野にいれた解説をしています。
★ 3刷以降の本では、'08年度ノーベル賞の話題が追加となり、誤記も修正されました。
250ページあまりという薄い本であるにもかかわらず、つめ込んである内容には驚異的な密度の濃さがあります。
一般の解説書に見られるような、まわりくどい比喩やたとえ話を使わず、実際の研究成果にもとづいたストレートな説明を行っているためです。
ふだん科学解説書を読みなれている人なら問題ないでしょうが、 「量子力学ってなぁに?」 というレベルの人がいきなり読むには、内容が難しすぎるかも知れません。
この本のスゴいところは、本文だけに目をとおせば、一般の科学解説書として読める一方で、別枠に囲ったコラムでは、大学の専門課程で学ぶような内容が紹介されているという点にあります。
歴史的に重要なミリカンやラザフォードの実験をはじめ、シュレーディンガーやディラックの方程式、さらには、小林・益川行列の解説まであるのですから驚きです。
ただし、私たち一般人の読者も、こういった複雑な数式におそれをなす必要はありません。
それというのも、先にも書いたよう、本文にそうした数式が入り込んでくることはないからです。
では、なぜこの本は、そういった複雑な数式を掲載しているのでしょうか?
ひとことで言えば、現代物理学の抽象的で奇妙な考えかたの多くが、その大もとをたどっていくと、それら数式につながっているからです。
素人むけの科学解説書というと、とかく数式の出てこないことが売り文句にされますが、数式を無理に排除した説明では、やはり、どうしても漠然とした内容に終始してしまい、私たち読むがわとしても、学校でならった物理のような、手ざわりや実感がつかめないという不満が残ります。
本書の素晴しい点は、それら複雑な数式を排除せず示すことにより、現代物理学の抽象的な思考の過程を、具体的に見えるかたちで解説しているところにあります。
数理の世界が、自然現象と直接結びついているという、不思議さや美しさ。
計算式の結果が、私たちに新たな知見をもたらしたという、歴史的事実。
数式そのものの意味はわからなくても、これらの式をながめることで、私たち素人にも、今までの解説書にはない手応えが感じられるだろうと思います。
また、これら数式を理解できる人であれば、さらに深く本書を味わい楽むことができるでしょう。
素粒子の世界を、式や表でわかりやすく整理して明解に説明
★★★★☆
本書は、なにより関係する式やデータを非常にわかりやすく整理して解説してある点が良い。数学的に書いてあるというより、あくまでも物理現象を説明するためのものとして割り切って明快に整理してあるので、どこをどのような視点で理解すればいいのかという要点が理解しやすい。
少なくとも大学教養課程レベルの基礎知識はいると思われる内容だが、このような形で全体を概観できる本は少なく、まとまりという点で読みやすくて価値のある一冊になっている。今まで、この分野の著作は、非常にやさしく概念だけを示したものか、専門性の高いものの2種類に分かれていたので、このような本の登場は喜ばしい。
朝永博士の名前が間違っていたのは、ここで他の方のReview を読むまで気づかなかったけれど、気になる点は他にも多少ある。 たとえば、以下のようなところ。
・P13:「20世紀末に入ると、原子核の中にもっと小さな粒子があることがわかってきました」は、本当に「末」?。
・P53-54:「X線は光よりはるかに振動数が大きい電磁波です...(中略)...散乱前の振動数よりわずかに少なくなっています」は、manyとmuchあるいはa fewとa littleの混同?
尚、「その下のレベルの素粒子の有無はまだわかっていません」というのは、その通りではあるのだけれども、この記述だけだとちょっと不親切な気がする。物質の究極を追求することが、素粒子研究の目的のひとつなのだから。
結果論ではあるが、本書において最も残念な点は、出版のタイミングがちょっと悪かったことだろう。南部博士の名前が無いし、出版をもう少し待てば、小林・益川教授に関する記述にも既に日本人なら普通に知っている説明が加わっていたことだろう。